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七話 あなたを支える。 其之三

「『あまねくを覆い、あらゆるを閉ざせ、封臥印ふうがいん』!」

 サクラは標準三節詠唱を行い目の前の箱へと封印を施す。モミジから封印魔法の基礎いろはを教わり、初めての実践。

 モミジと侍女の二人体制で行われた、此処数日の詠唱を用いた魔法陣構成はしっかりと形になり、箱には一格級いっかくきゅう封印魔法が掛かった。

 『仙眼鏡せんがんきょう』で魔法陣の構成を確かめたモミジは一度頷き。

「いいじゃないか、初めてでこれなら完璧だ」

「『見つめる深淵しんえん、暴かれるは根底、仙眼鏡』。……、ほぉぅ、素晴らしい出来栄えですね」

 根源こんげん系統に適性を持ち、多くの魔法を修めているサクラの侍女も感嘆の息を漏らして、サクラの魔法を褒め称える。

 因みに一格級封印魔法とは、封印魔法の規格では最低格だが習って数日で実践できるのなら上々だ。

「うふふ、二人のおかげね!モミジ…には聞いても意味なさそうだし、シズカは何時から封印魔法を使えた?」

「私は一二歳の、上等学園の初年度ですね。一般的な魔法の習い始めは上等学園の入学以降、サクラ様は他の皆様と比べてお早い魔法の習得かと思われます」

 シズカと呼ばれた侍女の本名はヒトリシズカ=鈴野原すずのばら。彼女の言う通り、余っ程魔法に精通している家でなければ、生活で扱う魔法は魔導具で補われるため学ぶことも多くなくなった。

「なんだ俺には聞かないのか?」

「モミジは三歳で魔法を習得し始めた、なんて有名な話しじゃない…」

「それもそうか」

「因みにだけど、モミジって封印が一番得意なのよね?」

「ああ。『封緘の銀』なんて名前を貰えるくらいにはな」

「封印魔法にある格級っていうのはどれくらいまで出来るの?」

「九だな。上から二番目」

「……。」

「一番上は出来ないんだ?」

 意外そうにするサクラと対象的に表情を引き攣らせるシズカ。「九格級までの封印魔法を施せる七歳児なんていてたまるか」という表情である。

「一〇格級は一人じゃどうやっても出来ないらしくてなぁ。まあ一〇が必要な状況なんて、そうそう無いがな。先史以来の八〇〇年、失われし一〇〇年は知らんが、有史七〇〇年の最中で使われたのは大断層からの如何物大侵攻が起きた三回だけらしい。…数字は一つしか違わないが、実際のところ倍以上の難しさだな」

「歴史とか全く興味なさそうなのに、そういうのは知ってるのねぇ」

「封印魔法関連だしな、そうじゃなかったら興味なんてないさ。何にせよ、個人で使用できる封印魔法は最上位まで到達したな。高い適性っていうのはこういう時に役立つんだ」

「…そういう言い方すると勘違いされちゃうわよ、何の努力もしてないって」

「知ってる奴だけが知ってりゃ良いんだよ、兄貴とかサクラとかがさ。…とりあえず反復練習をしよう、一ヶいっかせつで短縮三節詠唱か標準二節詠唱まで目指したい」

「やってやるわ、なんたって私は全適性のサクラなんだから!」

 ドヤっとしたサクラの笑顔は何時まで続くのか。


「つかれたぁー!今日はもう終わり!」

 ぐったりと椅子に凭れかかったサクラは足を投げ出し喉飴を頬張る。魔法詠唱の練習では喉を悪くしてしまうことが非常に多いので、予防として喉飴を舐めることが推奨されており、今日は蜂蜜味にほんのり薬草が香るほろ苦く甘い口当たりだ。

「杖なしの短縮三節詠唱ができれば十分だろ。全適性なんだし封印魔法は一旦区切りを付けて他系統に移ったらどうだ?『覆い、閉ざせ、封臥印』」

 短縮三節詠唱。詠唱に於ける前唱詞と後唱詞を短縮することで、標準三節詠唱から若干の効力を下げつつも短い詠唱時間で魔法を発動できる手法。魔法の出力としては、『標準三節詠唱 > 短縮三節詠唱=標準二節詠唱 > 短縮二節詠唱 > 魔法名のみ > 無詠唱』といった魔法の効力の順になっている。

「短縮三節だと不発が多いから標準二節を習得したいの」

「サクラなら杖を使用すれば問題ないからこれで十分だろ」

「そうですね。適性的にもこれ以上は無駄になりかねませんので、一旦他の系統を学びましょうか。ザクロ様が生成系統を習っているので、御一緒するのがよいかと」

「うーん。二人がそう言うならそうするけど。モミジも一緒に生成系統を勉強しない?」

「俺は、生成系統の適性がな…」

「低いの?」

「低い、それも結構」

「なら一緒に勉強するのは一旦終わりなのね…」

「一ヶ節ご苦労さん。他のも一頻り学んできたら、また何か教えてやるよ。他系統も頑張ってこいよ、弟子一号」

「うん!」


 休憩がてらのお茶をして、モミジとサクラが駄弁っていれば、窓の外に尨羽むくはが現れて窓をつつく。

「ここ最近、この離宮で見る尨羽よね」

「なんか居着いちゃってな、最近は餌付けとかしてるんだ」

 モミジが窓を開ければ、尨羽は部屋へと入ってきてサクラとシズカを一頻り観察してから、興味なさげに餌入れへと歩いていききちんと行儀よく待っていた。

「尨羽を手懐けるとは…驚きました。どういった手法で懐柔したのですか?」

「知らん。なんか向こうから勝手に慣れてきてな、餌も喰うようになったんだ」

 冷蔵庫から生の鶏肉を餌入れに放れば、両翼の爪で鶏肉を押さえ込み鋭い牙を突き立てって食んでいく。

「名前は?付けてるんでしょ」

「飼ってるわけじゃないし、…名前つけててどっか行ったら寂しくなるだろ?」

「怖がりさんね、モミジは。なら私がつけちゃお、……シロタエギクね!」

「シロタエギクねえ、じゃあシロタって呼ぶわ。お前の名前はシロタだ、よろしくな」

 首だけ振り返ったシロタは、モミジとサクラを見てから食事を再開する。

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