「改めて、有難う御座いました、モミジ殿下」
「別に良いさ。奥さんや子供たちの様子はどうだ?」
「事件からしばらく経ち、もう大分落ち着き普段通りの生活が出来ています」
「そりゃ良かった。まだ暫くは早めに帰って顔を見せてやれな」
「はい」
モミジはヒノキの執務室で少し前の、
警備の四人が死亡し大半が重傷。
元より築六家が直々に雇っていた警備たちなので、回復復帰するまでは代わりを務められるものが居らず、彼や彼の家族は陽前軍に警備される王城の一角で先日まで暮らしていた。
生き残った警備たちは魔導具や魔法による治療により健康状態が上向き、一〇日ほど前に退院しオオバコたちが屋敷へ戻ると同時に現職復帰をしたのだとか。
屋敷も戦闘で滅茶苦茶になってしまったが、清掃業者が上手く片付けてくれたらしく、無い事もなかったかのように元通り。魔法障壁に関しては、モミジの手が空いた時に追加の魔法陣を設置し、更なる防衛の強化を計った。設計書は専任の魔法師が扱えるように封印を同じもので、障壁自体も彼の実力で張れるものとなっている。
「そこでお礼なのですが、」
「え、いいよ別に、屋敷滅茶苦茶になってて大変だったろ。出費が嵩んでるんだし厚意に甘えとけ」
「…、然しそれでは」
「いいんだよ。言ったろ、オオバコの事は頼りにしてるってさ。しっかりと兄貴を支えてくんないと困るわけ」
「モミジはこう言ったら聞かんから、諦めて借りを作ったままにしておけ。…オオバコの地盤が崩れても困る」
「そーそー。まあどうしてのって言うなら、餅が食いたいな」
「お餅ですか。分かりました、手配します」
「
「承知しました」
一旦茶で喉を潤したモミジは、崩れた姿勢のままオオバコへ視線を向けて口を開く。
「態々呼び出したんだ、
「ええ。此方で確保した水蛇の構成員から引き出した情報の提供を行おうかと」
「アイツは構成員だったんだ」
「末端でしたがね。美味しい話しがあると彼らに加わったようで、案外に早く知っている情報を吐いてくれました。然しながら相手も、それは想定済みのようで、簡易的な拠点は
「ヘビノネゴザだっけか。そいつの情報は?」
「名前を変えているようですが、容姿と戦闘手法的に元冒険者であり違反者である可能性が高いそうですね。違反理由は冒険者や近隣住民への暴行に恫喝、最後は殺人で指名手配が行われました」
「冒険者組合って半軍属とはいえ、実力者であれば簡単に入れるしそういう事よくあるよな。全員がそういう奴だって言いたいわけじゃないが」
「
「無詠唱封印での所謂『魔法殺し』、そして『失悔』での魔力奪取、徹底した対魔法師、対現代魔法戦に特化している、が対策を練られちまえば軸力者には敵わない。…市井に協力者がいるから、そいつと行動するさ」
先史理外遺産『失悔』。刀を納める鞘の形状をした、先史文明時代に発掘されたという理の外側に存在する逸品で、魔力を喰らい貯蔵することが出来る。身に付けているだけで常に魔力を喰われるうえ、溜め込んだ魔力は身体に戻すことが出来ない都合上、失い悔いるという名を冠しているとか。
「あまり信用しすぎないようにな。祝眼の王弟だと分かれば、相手も目の色を変えかねん」
「分かってはいるが、信用してこない相手なんぞ此方からも信用したくないだろ。世の中にゃ、気の良い奴らが沢山いるもんなんだぜ。…そこまで知ってるわけじゃないがな!はっはっは」
「こういうのが国民からモテるんだよな」
「
「なに?」
「変身で
「別にいいが…、人が出入りしないようにな」
「畏まりました。陛下は少しの間お休みになられると伝えておきます」
そういってオオバコが退室すると、モミジは銀の瞳を輝かせは、蹄と長い尾を持つ兎に似た小龍に変身し、ぴょんと飛び跳ねる。
「これだこれ!はぁー…俺の治世がより良いものとなる、そんな気分が味わえる…」
薄く茶色味がかった白い兎蹄を抱き上げ、頬擦りするヒノキは大変幸せそうな表情である。
理由は兎蹄が、善き治世の許にのみ姿を見せる瑞龍とされているからで、兎蹄が現れたと言われる時は、病害災害のない大衆が衣食住に満ち足りた時代であった。
偽物を抱いて喜ぶヒノキは、中々に罰当たりな事をしている気がしなくもないが、普段の公務に政務議会への参加、議会員たちの取り纏めなど、精神疲労の尽きない彼にはこう言ったら癒しが必要なのだろう。
(兄貴が満足するならこれでいいか)
ただ静かにモミジはヒノキにモフられる。