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八話 我が上の星 其之二

「『我がくびきを解き放て、一意専辰いちいせんしん』」

 身体の大半を占める水分を強化する水の操作系統魔法。著しい肉体強化を行う、近接戦闘を主とする魔法師の強い味方たる魔法だ。…、慣れていないと身体の操作がおぼつかず、疲労も溜まりやすくなるのだが。

 発動者たるオオシロヤナギは一切の問題無く、水蛇の構成員を屠っていく。

 逆手に持った短刀で通りすがりに首を裂き、魔法陣の展開をしている者がいれば魔導銃の銃口を向けて引き金を引き、飛来する魔法は見事な身の熟しで回避。格下相手では全く歯の立たない魔法師だ。

 現在襲撃している拠点にいた構成員は一二人。即座に三人を特急便で天冥に送りつけては、更に一人、先達らが寂しくならないよう魔晶弾で手厚く見送る。

 短刀を握る腕を水平に、魔導銃の銃身を置いて狙いを付けつつ相手の構成を確かめていく。

(近接系の魔法師が多めに配置されているのは、魔法殺し対策でしょうか。ここ最近、めっきり見かけなくなりましたが、現代魔法戦術に対する特効札たるクラバの影響は大きいようですね。……元気にしているのでしょうか)

 顔を合わせたのは二回だけだが、彼が長期で姿を見せない状況にヤナギは小さな不安を覚えていた。

(……こうして対策を取られているという状況、そして魔法殺しを討ったという声を聞かない以上、何かあったというわけではないのでしょうが、)

 バシュンと霰弾さんだん銃撃をばら撒いて、相手の魔法障壁を引き出したヤナギは、強化された身体能力で壁伝いに移動し、戦闘の根幹たる魔法師を討ち取った。

(なんでも屋『水蛇』は私が旅に出て席を外した直後から状況が悪くなり、半年と経たずに凋落していましたが……、皆さんの実力がなかったとは思いません。意図的に、誰かが仕組み嵌めたのでしょうね…)

 魔晶弾の尽きた魔導銃を放り捨てて怯ませ、魔法師の死骸を盾に相手の剣撃を防ぎ、短刀を空いた脇から滑り込ませて肩を落とす。

 次いで片腕になった、生きた人質を盾に魔法を防ぎ足元に転がっていた刀を蹴り上げ、右手の短刀を前に、左手の刀を担ぐように構えて地を蹴り駆け出した。

 先ずは短刀で首を狙った突撃。これは読まれていたようで切り返され、相手が刃を上向けようとする瞬間。

「『移ろえ、揺蕩え、水萍すいへい』」

「――ッ!」

 ヤナギが早口に詠唱を終えると相手の足元が水に変化し、後ろへ倒れ込んでいく。その驚きの表情が露わになったと大きな隙へ、刀で打ち込んでは更に一人惨殺した。

 そのままの勢いで残りを始末し、ヤナギは一息つこうとするのだが。

 キィン!物陰から迫りきた刀持ちから奇襲を受けることとなった。

「防ぐか」

「分かりやすく殺気を出されていましたので、これくらいなら私でも対処できますよ」

 不意打ちを仕掛けた男は、寝乱れ髪に無精髭の大柄な体躯。変わったことに今では廃れた袴姿に下駄と、一目見れば忘れない風貌をしていた。

「ほほう、謙虚な姿勢は好ましく思うな。して古神流派の仮面男、御主の名は何と申す?」

「名乗ったら仮面をつける意味がないので、答えかねますね」

「そうか、そうだな!はははっ、これは失敬。では当方だけ名乗らせていただこう、『地下楼ちかろう水蛇みずへび』の剣客ヘビノシャクシ、貴殿を討つ者だ」

 両手で正面に、剣先を僅か下ろした構え方は男爵だんしゃく流派。

「『うつろえ、揺蕩たゆたえ、水萍うきくさ』『雲遊萍騎うんゆうびょうき』」

 一歩駆け出したヤナギは、自身の足元に水を展開しつつそれを凍らせての滑走する高速機動を用い、勢いのまま一振り、短刀で繰り出す。最低限の動作で短刀を弾いたヘビノシャクシは、攻撃に移ろうと踏み込もうとして異変に気がつく。

「…氷を」

 両魔法の効果が残っており、それを活用し足元が氷漬けになっていた。

 だが焦った様子もなく打刀での一撃は斬り上げ、短刀での突撃は斬り払われる。

 男爵流派とは剣術での防御を基礎とし、最後まで生きていた方が勝ちとする泥臭く、防衛を得意とする流派。…然し、攻撃に転じられないわけではなく。

「―、ッ!」

 手数で攻め込んでいたヤナギの打刀は、ヘビノシャクシによって後方へと弾き飛ばされ、一旦距離を置くく地を蹴るのだが、そこを追い込むのも男爵流派やり方。

 攻めてきた相手の疲労と退却を狙い、直ぐ様攻めに転じ確実に相手を斬り殺さんとするのだ。

 踏み込みから僅かに上げられた剣先を振り下ろす速技は短刀で受け。沈んだ切っ先を横に寝かせ、半身を前に駆け、勢いづけての横薙ぎは全力で回避。柄を引き溜めた動作から予想できる突撃は、短刀の背を押さえ両手を使った受け流しで事なきを得る。

「古神流派、敗れたり。『とくけり、玉石同裁ぎょくせきどうさい』」

「ッ?!」

 詠唱を行われた事で危機感を覚えたヤナギは、恥も体裁も捨て去り一目散に逃げたのだが、刃が空を切り切っ先が届かぬはずの距離まで及び、彼の仮面だけを真っ二つに切り裂いたのである。

「ふむ、上手くはいかんだ」

まずいですね、この剣客。真っ向から相手にするのは、命がいくつか必要。見様見真似の猿真似剣術では限界があるのでしょう)

さて、仮面の。御主の顔は拝んだ、名を聞こうか」

「…、オオシロヤナギです。そちらと同じく偽名ですがね」

「はは、これはしてやられたか。当方は名を捨てた身、オオシロヤナギ殿の真名は聞けぬとき。まあよい、此度は佳き手合わせであった。次に我が前に出るのであれば、その時は名ではなく命を貰い受けると肝に銘じよ」

「見逃すと。『地下楼の水蛇』が」

「ああ、今は見逃そうと、何れは天冥に向かう定め…?らしい。………、そうだ人を探しているのだが、金髪で色眼鏡、刀を飛ばして戦う魔法師を知らぬか?随分と腕が立つようなんだが…」

「剣を飛ばして?魔法で生成したものですか?」

「当方も直接刃を交えたわけではなくてな。然し知り合い曰く、腰にいた刀を飛ばしたと」

「いえ、そんな風変わりな方は存じませんね…」

「そうか。名前はなんと言ったか…確かワスレナとかなんとか」

(ワクラバなら知っていますが、クラバの仲間の一人という可能性はありますね。…ただまあ下手なことを言うのはよしましょう)

「知りませんね」

 ヤナギが返答をするとヘビノシャクシはつまらなそうな表情を露わに踵を返し。

「ではなオオシロヤナギ殿。『ちりちり燃やせや、芥火あくたび』」

 詠唱を終えれば拠点に火が回り、証拠となる品々や構成員の死体が燃やされ、ヘビノシャクシは何処かへと消え去っていた。

(命拾いしましたね…。クラバの同僚が取り逃したと聞きましたが、納得の相手。同等と思った方が良い相手が最低でもあと一人と考えると、今後一人で行動は慎まねばなりませんね。……、他のワクラバとも協力体制を敷ければいいのですが)

 外ッ面が違うだけで中身が同じだと知らないヤナギは、モミジの戦力に期待しながら水蛇の拠点を離れた。

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