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八話 我が上の星 其之三

「おおぉ!これが針尾雨燕はりおあまつばめ!」

 モミジは離れに届けられた打刀を手に取り嬉々としている。

 少年態なのでやや危なっかしく、傍から見ている者がいれば冷々ひやひやしそうだが、離れに近づくことが出来る者は限られているので問題ない。

 コウヨウの髪と同じ黒色の柄巻つかまき、凛々しい姿をした燕の目貫めぬき、鏡のように曇りのない刀身、他にも柄頭つかがしらつばのきめ細かな彫刻に褒めればキリのない刀は、燕菜刀工えんさいとうこう切っての最新、最高の逸品『針尾雨燕』。独自の金属配合により魔晶に迫る魔力伝導率を誇る刃は短杖の代わりに魔法補助を出来るとも言われている、…が実際のところはそこまでではない。確かに他の刀剣の類いと比べれば魔力の運用がしやすく、杖刀じょうとうなどと呼ばれたりもしているが、杖として運用するにはやや物足りなくなるのが実情。

 ただし、モミジのように高い適正値を持つ者が使用する場合は別で、短杖程度には役立つであろう。

 窓のない部屋に移ってはコウヨウの姿に変身し、鞘の形をした先史理外遺産せんしりがいいさん失悔しっくい』から抜き取り数度振っては比重を確かめる。

(問題ないな。…刃に魔力を通しやすくなるなら、『玉石同裁ぎょくせきどうさい』なんかの効率も上げられるだろうから、実戦に耐えうるだけの攻撃になるはず!…試してみたいが、みたいがー……魔法と違って刀を振り回すのは庭じゃ出来ないし、屋内でやることでもない。またいつかでいいか。…でもさ、抜刀から間合いを無視した一撃出せるとか、…最高かよ。良いもん用意してくれてありがとう兄貴!)

 特に明言化されてはいないが、オオバコの家族を護った二人からの感謝の意もあるのだろう。

 新しい玩具を買ってもらったモミジはご機嫌な様子で小翼竜に変身し、待ち構えていた尨羽むくはのシロタへと少しじゃれついては軽くあしらわれ、気にした風はなく楽し気に大空へと飛び立っていく。


 モミジはバレイショ区付近の裏路地へと降り立ち、黒髪蒼眼であるコウヨウの姿に化けて街を歩いていき、酒屋の前で立ち止まり足を向ける。

「いらっしゃいませ」

「ども。差し入れに安酒をいくつか見繕ってほしいんだけどいい?」

「安いのですね、如何ほどあれば宜しいでしょうか?」

「そうだな五本六本有ればいいと思う」

 承知しましたと店員は手早く酒を見繕い、紙袋へ詰めていく。

「つまみも買いたいんだけどさ、なんかおすすめある?俺は酒飲まないからからっきしで」

「そうですねぇ…無難にアタリメでしょうか」

「じゃあそれで。…因みになんだけど、アタリメって酒なくても美味かったりする?」

「ええ、美味しいですよ。一口食べていかれますか?」

「頼む」

 すると店員はアタリメの一つを手にとって、火で軽く炙ってから緑色のドロッとした液体を付けて差し出した。

目箒めぼうき大蒜にんにく油和あぶらあえ、これも人気でしてね。ご一緒にどうですか?」

「ふぅーん。そいじゃ頂くけど……、おぉ美味しいな。その油和えも頼む」

「有難う御座います。お値段は四〇〇〇で」

「はい」

「確かに。お買い上げ有難う御座いました」

 ひらひらと手を振り酒屋を後にしたモミジは、街の様子を眺めながらバレイショ区へと向かう。


 暫く道を進んでいけばもう慣れた裏通りの飲み屋街。夜であればもっと賑やか頻りなのだろうが、酒は飲まず女で遊ばず博打も打たないモミジからすれば、昼間で十分なのだ。

「よう、差し入れだ。仲間内で楽しんでくれ」

「貴方は前にもお恵みを下さった。有難う御座います」

「どう致しまして。んで、暫くこの辺りを離れていたが、様子はどうだ?」

「そうですねぇ、…先日に武装した、違反者が逃げ込んできて一悶着ありましたが、その程度でしょうか」

「違反者か。被害は?」

「ここはバレイショ区、問題ありませんよ」

 にこりと笑った物乞いは、隠し持っている杖をモミジに見せた。

 バレイショ区の裏通りというのは『溝鼠どぶねずみ』の管轄。部外の悪徒に対する戦力はしっかりしているようだ。

「ならいい。またな」

「お気をつけて」

 通りを進んでいくとナギナタガヤの店『不寝飲屋ねずのみや』へと辿り着き、いつも通り婀娜あだっぽい姐さんたちが客引きをしていた。

「あら、ご無沙汰じゃない?」

「こっちも色々とあんの。ナギナタガヤいる?」

「いるわよぉ、ヤナギもね」

 姐さんの一人が店内へモミジを案内するため先を歩き、もう一人が客引きを再開する。

「皆、心配してたわ、急に顔を見せなくなるんだもの。危ない仕事をしてるとも聞いたし」

「二回三回顔を合わせただけなのに大袈裟な」

「問題起こさないで二回三回顔合わせれば、ここじゃそれなりの知り合いなのよ。差し入れもしてるみたいだし」

「そういうもんなんだ」

「友達が急に顔見せなくなったら、知り合って間もなくとも心配するでしょ?」

「まあそうか」

(そういや友達っていないな。上等学園に入ることは確定だし、ある程度は知り合いを作っておかないと大変そうだが、社交の場なんて行きたくなさすぎる…。ミモザと同学年になるはずだし、一緒に行動してればなんとかなるだろ)

 気楽そうにモミジは姐さんの後を追っていく。


「『水蛇みずへび』のヘビノシャクシねぇ。刀身を伸ばす魔法って、魔法名はなんだった?」

「『玉石同裁ぎょくせきどうさい』、だった気がします。標準二節詠唱で」

「へぇぇー、考えることは一緒か」

「クラバも知っている魔法なのですか?」

「知ってるぞ。どれ、実際にやってやろう」

 席を立ったモミジは店内にある梨に視線を向けては、鞘と柄に手を置き。

「『玉石同裁』」

 魔法名のみの詠唱を行い、刀を振るっては鞘に戻すと、届くはずのない場所のあった梨は真っ二つに切られており、ナギナタガヤとヤナギが驚きの表情を露わにした。

「物体に展開する、空間に作用する魔法だ。ヤナギが此処にいられるのは、相手の刀が魔力を通し難かった影響、若しくは本人の実力不足。刀の表面に刻陣とかは?」

「ありませんでした」

「そういうことだ」

「…。」

 なんとも言えない神妙な面持ちでヤナギは冷や汗を流す。ヘビノシャクシ次第では、首と胴体がおさらばしていたと考えれば当然だろうが。

「防ぎ方なんかはあるのですかね?」

「視覚的には刃が飛ばされているように見えなくもないが、間合いたる空間を刃以外に作用しないよう縮めているだけに過ぎない。防ごうと思えば刀でもなんでも防げるぞ」

「随分詳しいなワクラバ」

「そういう魔法は得意なんだ」

「珍しいこって」

「だから重宝されてるってわけ」

「それもそっか。他のワクラバも似たような感じか」

 肩を竦めて答える気のない態度を露わにした。

「まあこっちはこっちで気をつけるさ。お仲間にも狙われている事は言っとくし」

(俺だけども)

「とりあえず、またちょこちょこ顔出せるようになったって報告に来ただけだし、問題なさそうなら戻るわ。他にも顔出さなくちゃいけない場所もあるしな」

「魔導二輪車で乗せていきましょうか?前に見せる約束もしましたし」

「気持ちだけ受け取っとくわ。こっちはこっち、あっちにはあっちの顔があるから」

「そうですか。ならこれ以上言うことはありません。お気をつけて」

 モミジが席を立つのと同時に店の扉が開かれて、『言葉を喰らうはと』こと易者えきしゃの老父が姿を見せた。

「鳩が態々姿を見せるなんて珍しい」

「少々、厄介な事態を引き起こそうとしている方が現れましてね…。私は『言葉を喰らう鳩』などと呼ばれる通り、数多の噂を精査し情報とすることを最良の楽しみとする老耄ろうもう

「情報という人の波が失われる事態だと?」

 鷹揚にうなずいた易者に、モミジは席へ着き直す。

しかし、鳩が軍務局に伝手がないとは思わない。どうして俺の店を、こいつを訪ねてきた」

「『ワクラバ』であれば解決できるからに御座います」

「はぁ…、とりあえず情報を寄越せ。内容によっちゃ急がなくちゃならんからな」

「では。場所はミズナ市の地下先史遺跡群ちかせんしいせきぐんの一角、そこを『地下楼の水蛇』が拠点の一つとして構築しております」

「ミズナ市?ちと遠いな」

「拠点の一つと言いましたが、心臓部ではないのでしょうか?」

「違いますね。彼の水蛇の拠点は此方も探しているのですが、どうにもいたちごっこ、判明しておりません」

「どうだかな」

 ナギナタガヤが訝しむ視線を向けるも、これいとって表情を変えることなく続けていく。

「不思議に思いませんか?彼の水蛇は如何にして如何物を入手し、運び込んでいるのか」

「地下先史遺跡群に拠点があるのなら、旧地下道を使えばいいだろうが。ミズナ市から一番近い断層及び大断層でもそれなりの距離がある。野性の発生個体を捕まえて増やすにしては、違法魔導具の数が揃いすぎているな。…それに狼仇なんて、魔晶目的じゃない如何物まで存在しやがった」

「こちらの調査ではミズナ市の遺跡群に規模が小さい断層が発生し、そこから如何物を得ているようなのです」

「成る程。それで俺が必要だと」

「ええ、お察しが良く」

「まさか。クラバに断層を封印させる心算ですか?……、鳩、貴方には多くの情報を売ってもらいましたが、そんなことを許すとでも?」

「全くだ、見損なったぜ」

「待て。“その程度”なら俺を呼ぶ理由はない、軍を動かせば良い。俺個人を使いたいと言うには未だ情報があるんだろ易者」

「はい。…彼の水蛇は拠点にて魔物の配合実験や、『如何物喰いかものくらい』に如何物を喰らわせて成長させているのです。それらが解き放たれれば、周辺の区市町村は無傷ただでは済みません」

「今直ぐに動けて、潰せるだけの戦力が必要だと。…事前に陽前軍に言うべきだろうに…」

「この情報を持ち帰られたのが、つい先程でしたので。……彼の水蛇に忍び込むのは難しいのですよ」

 鳩は小さな箱を手に取り、モミジの前に差し出せば開けるように促す。

 開かれた箱の内には、帯革に着ける玉板と連珠で出来た装飾品、佩玉はいぎょくが納まっておりモミジは目をしばたかせる。青色の玉板ぎょくばんは傷一つなく、朝露あさつゆを思わせる連珠れんじゅは一切の曇りなく、一装飾品としても出来の良い品を手に取り魔力を流せば、ぽっと仄かな光を放ち、光の粒子が漏れていく。

「…………。………これが報酬ということか?」

「はい、“前”報酬に御座います」

「そっちで保有していたから手に入らなかったのか。…お前、何処まで知ってんだ?」

 モミジが刀の柄に手を置けば、ヤナギとナギナタガヤの表情が凍りつく。

「“雇い主”や“ご家族”、ワクラバの事まで一通り」

「選択肢を間違えなかった事を褒めてやろう。………、はぁ…仕方ないが請け負う他無いな。お上からどれだけのお叱りが落ちてくるやら…」

「長く生きております故」

 やれやれと呆れ顔のモミジは席を立ち一歩踏み出せば、行く手を塞ぐようにヤナギとナギナタガヤが立ちはだかる。

「落ち着けってワクラバ。流石に一人じゃまずかろうて」

「そうですよ。私も同行します」

「俺は同行できないが、色々と用意はできる」

「一人のほうが楽なんだが」

「駄目です。…私は」

(知り合いを失いたくありませんから)

(この距離なら封印魔法で動きを封じることくらいは出来るが、…こいつらからの信頼を失うのは避けたいな。ミズナ市の遺跡群となれば住人もいないだろうから、この姿でなく動けたんだけども…いいか。ヤナギは強いし)

「魔導二輪、準備してくれ」

「分かりました」

 ヤナギはやや嬉しそうに店を出ていった。

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