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八話 我が上の星 其之四

「そいじゃ戻ってこなかったら、前払いの報酬はよろしく頼むわ」

「是非戻ってきてください。貴方様は必要な方ですので」

 鳩からの返答を無視したモミジは魔導二輪の側車に腰掛け安全帽を被り、刀と魔導銃の具合を確かめる。

「地図は読み込みました、処分をお願いします」

「ご協力いただくということなので、オオシロヤナギさんにも報酬をお支払いしますね。“情報”を」

「…、承知しました、それでは」

「気を付けてな」

「ああ」「はい」

 魔導二輪車を発進させ二人は不寝飲屋から離れていく。

「それでは私も。…彼らだけを死地に送るわけにはいきませんので」

「四代目、車の準備できたよ」

 物陰から二〇歳に満たない年頃の娘が顔を見せ、ナギナタガヤへと頭を下げる。

「……あんたらの目的は何なんだ?」

「噂話だよ」

「ええ。寝ても覚めても噂話が気になって仕方ないのです。鳩の目的は陽前の噂に話しに全てを仕入れ、私共が全てを理解する。それだけのことです」

「水蛇も違法魔導具を売りさばいて遊んでるだけなら良かったんだけど、ちょっと度が越しているし。末端潰しみたいな痛くも痒くもないみたいで。意味のないお仕置きじゃなくて、腕の一本を折ってやらないといけないかなって情報を仕入れたんだ」

「…。」

「ご安心を。彼らは無事に戻ってきます。確証がなければ、我々鳩は依頼をだしませんので。それではまたのご利用をお待ちしております」

 鳩と娘は足早に消えていき、ナギナタガヤはどうしようもない無力感に襲われるのであった。


「鳩は、金子きんすさえ積めば便利な相手ですが…、無茶な要求に乗る必要はないですよ」

「いいんだよ。俺にとって必要な品を、前払いで寄越すってんならいくら無茶でも乗る意味はある」

「アレは…そんなに重要なものなのですか?代用品が用意できないほど」

先史理外遺産せんしりがいいさん截粒せつりゅう』、魔力を流すと光の粒子に変えて放出する代物だ」

「…その粒子にはどういう効果が…?」

「無い。なにも無い。ただただ魔力を粒子に変換し、垂れ流すだけなのが重要なんだ。……、傾魔症けいましょう患者は魔法や魔導具を使う際に体内に溜まった魔力が暴発する可能性があって、その危険を回避するため無為に魔力を消費できる截粒が重要でな」

「病を患った誰かの為、ですか…」

「家族だ。大切な、な」

「お話し、有難う御座います。…私は、何でも屋『水蛇』という組織を運営していました。歳はいくつでしょう、九つくらいから。…あの日、クラバと初めて顔を合わせ討った方々は私の仲間であり、家族のようなもので。……、道を踏み外したことが許せず、何れ罪を咎められ処刑されるのであれば、と自ら引導を渡したのです」

「…。旅に出てたっていうのは」

「本当の事です。旅へ出ている間に水蛇は傾き、他人様の目を見ることが出来ないような仕事へ手を染めてしまったようです。最初は耳を疑いましたが、…証拠が揃いすぎていましたし、如何物まで飼っていたのなら救いようはありません」

「成る程。目的は復讐か?」

「そうなります。自分勝手な敵討ち、醜いですね…」

「…協力してやるよ。水蛇なんていう如何物を街なのかに持ち込む奴らがいちゃ、天下泰平は叶わないし…何より乗りかかった舟だ」

「損な性格ですね、クラバは」

「お前もだぞ、ヤナギ」

 くつくつと笑う二人は楽しそうで、一〇年来の友人のようにも見える。

「俺は餅が好きなんだ」

「お餅ですか、…具雑煮でも如何ですか?野菜に魚介に山程の具材とお餅を煮込む料理でしてね、それはそれは美味しいのです」

「祝賀はそれだな」

 覚えのない料理に胸を高鳴らせ、モミジはミズナ区への風景を眺めていた。


 ミズナ市先史遺跡群。凡そ八〇〇年前に発生した文明大崩壊以前の構造物が今尚朽ちて残っている区画で、倒壊瓦解の危険性があるため一般人の立ち入りが禁止されている、要再生区画。時折先史文明の遺産が見つかったりもし歴史的に重要な一角ではあるのだが、都陽前みやこのひのまえ内且つ主要区からほど近いと言う子もあり調査の大半は終えており、ただただ寂しげな風を吹かせて再開発を待つだけの土地となっている。

「地上は似たような建物ばかり、先史文明ではこういった全く同じ形状の建物を市井の家屋としていたらしいが…。こう、違いのない建物はどれがどれだかわからなくなりそうだ」

「そういうものですかね、バレイショ区なんて似たような建物ばかりではないですか?」

「似てはいるが、…ここの遺跡は同じ構造を複製しているっぽいから、全く同じものが十数並ぶんだぜ?」

「成る程…旧文明の方々は迷わなかったのでしょうかね」

「目印でも付けていたか。何にせよ、俺達も迷わねえように進まないといけない」

「はい」

 短刀と切詰めた魔導銃を手に取ったヤナギはモミジの前を進み水蛇の拠点へと向かう。

「所々に人の出入りした形跡がありますね」

「ああ。こういう時、具に現場を確認できるだけの眼があれば便利なのだが…、仙眼鏡を弄ってみるか」

「弄る…?」

「…陣の構成をな、『命の綱を…いや、『宵闇よいやみを暴け、ひらけ瞳の光泉こうせん仙眼鏡せんがんきょう』。靴跡の種類は四つ、下駄跡が一つ。下駄ってと…」

「ヘビノシャクシの可能性は否定できませんね…」

「そいつには興味がある。出てきたら俺が相手をしよう」

「強いですよ」

攻彼顧我攻むる時には、我を顧みよ。俺の戦い方を一度見ているだろ、多数の魔法を潰すことと、そして魔導具を封印することには長けているが、多数に攻撃を仕掛けること自体は然程得意ではない。周囲の露払いを任せたいんだ」

「そういうことですか。…、強敵を相手している最中に周囲への妨害を仕掛けることは?」

「相手に因るが、難しいと思ってくれ。防衛戦であれ様々魔法を仕込めるのだが、攻め入る時には難しいんだ。…だから暴れろ、仇討ちなんて何の生産性の無いが気は晴れる、だから晴らしにいけ」

 悪い顔をするモミジを見て、ヤナギの心は冷静さを僅かに取り戻し。

「そういった経験が?」

「どうだろうな。あった気がするが、なかった気もする」

(俺は無数を生きた流世の民。…きっとあった筈だ)

(クラバはどういう人なのか…、わからないことばかりです)

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