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八話 我が上の星 其之六

 ヘビノシャクシが一対一でモミジと戦うとのことで、今まで取り囲んでいた構成員たちはヤナギへと視線を向けては駆け出し、二人を取り囲むように不可侵領域が出来上がる。

――――。

 さきに動いたのはヘビノシャクシ。

「『貫矢爆かんしぼう』」

 魔法名のみの詠唱を行うも、僅か一瞬に浮かび上がった魔法陣へ、モミジが無詠唱の封印魔法で妨害を行い自壊。その次に、無詠唱で展開された鉄のやじりは魔法障壁で防がれていく。

(魔法名のみの魔法は潰されるが、無詠唱は潰されない。前者は詠唱を終えて魔法陣浮かび上がっていることを考えれば、詠唱そのものは生きている。そして無詠唱が通ったことを思えば、魔力そのものが破壊されたわけではない。ヘビノネゴザの言っていた魔力破壊は、別の手段か、金髪のワクラバの技と見る可きであろう)

 二度三度同じ事を繰り返したところで、モミジは刀を鞘から抜こうともせず様子見の障壁展開のみ。そして、周囲にいた構成員たちはヤナギによって殺されている。

(成る程、時間稼ぎ。ならば―――、)

 攻め入る為、距離を詰めようと駆け出すも、モミジが僅かに鐓を上向けた事でヘビノシャクシは一旦立ち止まり、鉄の鏃を飛ばしてお茶を濁す。

(止まるか。だが)

亡名流むめいりゅう抜刀剣術ばっとうけんじゅつのあらため爆刀ばっとう』『玉石同裁ぎょくせきどうさいあわせ颯隼逆落はやぶさのさかおとし

「―――!?」

 モミジの持つ鞘から僅かばかりの魔力圧に気圧されながらも、詠唱のような何かに自身も使う『玉石同裁』があった事を意識し、現在の柄の角度から繰り出される刃の遠撃を割り出し防御を行う。

 ゴンッ!と常軌を逸した一撃を受け止めたヘビノシャクシの許へは、ボンと何かが爆ぜる音が耳に届く。

「知っている魔法とはいえ防ぐか。…知っているからこそ甘く見込むと思ったのだが」

「驚いた驚いた。同じ魔法に辿り着く剣客がいたこともだが、それを使いこなしてしまうとは」

「得物が良いだけだ。次は無いぞ」

「待たれい!」

「…、命乞いか?」

「そんなつまらぬことはせぬ。一つ、問いたい。先の詠唱はなんであるか?」

「態々《わざわざ》分かるように使ったんだ、詠唱じゃないことは百も承知しているだろ?」

「おう」

「これはただの技名だ。詠唱の飾り、意味のない美学だ」

「ほほう…………………、すぅー…」

「?」

「当方はワクラバに、いや御主様に感銘を受けた!!」

「は?」

 唐突に大声を上げて瞳を輝かせるヘビノシャクシに驚き戸惑い、モミジは素っ頓狂すっとんきょうな声を出してしまった。

「当方にとって刀とは天冥てんめいに帰るため、満足のいく死を甘受するための手段だと思い、強敵と相見える為に道を進んできた。…しかし!その武を飾り、美学芸術とするとは喝采千万かっさいせんまん、…はぁなんとも美しい」

(なんだこいつ…)

「受けた、見た、…使って進ぜよう。男爵流派だんしゃくりゅうは七耀しちよう鋼路はがねのみち真技しんぎ…………『巌中之釘』髑髏さらされこうべ

 技名の途中にあった間は、本来口にするはずだった詠唱部分。本気を出したくとも、定石に則りたくとも許さない厄介な相手を前に、ヘビノシャクシは渾身の技を披露する。

 両手で握られた打刀を地面に突き刺すことで魔法が発動、剣先から刀状の金属が生成され地中を進み、モミジの首を目掛けて勢いよく飛び出す。

(これなら――、!?)

 弾き、躱しきれる距離だったのにも関わらず、その剣先はモミジの頬を僅かに掠め、髪を切り落とし散らす。ハラリハラリ、舞うのは茶色い髪で。

(髪色が変わった…?いやそれよりも無詠唱では取り切れぬか、魔法戦の否定者は思った以上に厄介だが、くく、)

「くくく、あはははっ!御主様は未だ弱い」

「悪いな、未だ成長途中なんだよ。あんたみたいなオッサンと一緒にするな」

「呵々《かか》。当方、こう見えても齢二一でな!」

「鯖を読むにしても無理があるだろうに…」

「真なのだが…。然し、弱いと申したが、御主様はこれから成長を望める新芽である。どうだ、当方の弟子にならぬか?」

「は?悪徒の弟子になんてなってたまるかよ、『地下楼の水蛇』の一員なんかのな」

「御主様は当方を天冥に戻してくれる存在やもしれぬ。…そうさな、足抜けすればどうだろう?」

「…、なんなんだよ…本当に…。そんな簡単に足抜け出来るもんなんかよ」

「当方は雇われの用心棒、元はといえば―――、チッ」

「揺れ?なにが?」

 彼らのいる一帯がグラグラと揺れ始め、構成員たちは顔面を蒼白にし一目散に逃げ惑い、ヘビノシャクシは苛立ちを隠しもせず考え込んでいる。

「ヤナギ合流だ!ヘビノシャクシ、何が起きている?」

「はい」

「此処の情報は何処まで知っている?」

「……、そういうことか。断層と如何物研究、その二つが原因だろう。水蛇共め…碌でもないことばかりしでかしよってからに…、」

「地下には五間9メートルにもなる巨躯の如何物喰いかものくらいがおる、いや今はもっと育っているかもしれんな。加えてこの揺れが起きるときは総じて断層から如何物があふれる時」

「大侵攻ですか…」

「此処の断層はかなり不安定で、ヘビノネゴザ殿と二度対処したがこれがまた骨の折れる状況でな。如何物喰らいまで相手にするとなると…」

「力不足か?」

 口をつぐむ姿は肯定こうていである。

「はぁぁああ、最悪な状況すぎる。これじゃあ軍務も間に合わないわけだ、追加の報酬を巻き上げなくては気が済まん。『安寧あんねいかご慈母はは子守歌こもりうた聖園しょうえん』」

「なにを!?クラバ、貴方は一人で!?」

「流石に無理だろうに!」

 モミジの作り出した強固な魔法陣を叩く二人は、講義の声を露わにするのだが聞く耳を持たず、二歩三歩と進み変身を解く。

「へ?」「は?」

 七歳の、本来の姿のモミジは刀を地面に突き刺しては鞘を両手で構え、鞘に掛けられた封印を剥がしていく。

「『解解解解解ほつほつとさとり、わかれば解解解ほどける、げかい』」

 先史理外遺産せんしりがいいさん失悔しっくい』は所持者の魔力を喰らい続ける悪食の蔵。そしてそれは開放の詠唱を行うことで、解き放ち所持者の一部として扱うことが出来るが、並大抵の魔力量では枯渇しかねない呪いの一品でもある。

「ふぅ…」

(人前で変身を解くのもだが、この魔法を見せたくもなかったんだよなぁ…。まあいい、と割り切る他ないか)

「『終末しゅうまつを知る者、――――なっ!?こんな時に!!」

 足元を突き破り姿を見せたのは、醜く数多の生き物の部位を生やした異形の如何物。

(刀は地面に刺しっぱなし、…そもそも、この身体じゃ戦えない!こんなとことで)

 銅脈者扉どうみゃくもんぴを経由して魔導銃を手に移したモミジは狙いを定めて五発を撃ち切るも、体躯が一〇間18メートルにまで膨れ上がった相手では、対小物想定の魔晶弾ましょうだんでは決定打足り得ず、注意を引いただけに過ぎない。

「クラバ!これを解いてください!私も加勢します!」

「良くわからんが、御主様では厳しい相手、当方も加勢する」

「…、使おうとしていた魔法の出力が桁外れだから、その魔法障壁もかなり強固にしてあってな…」

「「…。」」

下手どぢ踏んだなぁ…」

―――。

 仕方なしに変身をしようとした瞬間、如何物の体躯に大穴が空き、意識がその元凶の方へと動いていくのだが、それらしい存在は見当たらず如何物喰らいは周囲を破壊すべく動き回っていく。これを好機とモミジは改めて意識を集中し。

「『われ終末しゅうまつを知る者、われはじまりを得た者、黒冥天星そらのかなたのおわり』、うぐ、あっ!」

 雷を脳内に流されているかのような感覚を味わったモミジの視界は白く染まっていき、損耗し剥離した記憶の一頁いちぺーじが湧き上がる。

(…、因果なものだな。黒冥天星これで人を救おうとは…)


 男は一八の国を統べる大帝国の皇太子として生まれ、齢六つで皇帝の座を得ることとなった。本来であれば幼き君主を傀儡かいらいとせんと、数多の者が蠢動しゅんどうし国を傾けるのだが、数多の生まれ変わりにより高度な知識を得て、生まれつき強力な力を有していた幼き皇帝は自らの力で大帝国を治めるに至った。

 大陸全土を手中に世界を統一した皇帝は、誰も彼もが認める善政の皇帝として知られ、国の発展は未来永劫続くと思われていた。

 然し、その大帝国にも翳りが現れる。空の彼方より、天をも喰らう黒の星が広がり多い始めたのだ。各国の知恵者を招集し、使えるだけの時間と金子きんすを使い対策を練った皇帝だが、黒き終わりの星を防ぐ手立ては見つからず、誰も知らぬ、名を残すことも出来なかった最後の皇帝と成り果てた。


(失われし最後の皇帝。名はなんだったか…、愛した国民を思い出すことも出来ねえ。…皆、何処かへ転生出来ていればいいのだが)

「ふ、ふぅ…、俺はモミジだ。今までの誰でもない、……意識を。…因果なものだが、これで多くを救えるのなら、俺は!!喰らえってんだよ『黒冥天星』《そらのかなたのおわり》!」

 如何物喰らいの身体へ小さく光が煌めくと、それは黒き穴へと豹変し瞬く間もなく巨躯を吸い込み虚空の彼方へと消し去ってしまった。次いで断層から現れたと思しき如何物、そして断層の内に潜む如何物すらを無理やり引出して、遺跡の一部をも呑み込み、黒き穴は消滅した。

「はぁ…、きっつう。失悔の魔力を全部使って、俺の魔力の大半まで持っていきやがった。二度と使えん。『あまねくをおおい、あらゆるを閉ざせ、封臥印ふうがいん』」

 視界に映っていた断層と失悔へと封印を施し、モミジは王弟の姿のまま二人へ近づき、少しばかりの時間を掛けて魔法障壁を解いた。

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