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一〇話 打たぬ鐘は鳴らぬ 其之三

「痛ってえ。なんだ…最後火球が見えた気がするんだが」

 モミジを抱き抱え、我が身を盾として護り通したヒイラギ。彼の腕の中から這い出て呼吸を確かめれば問題なく、打ち身で意識を失っている状況のようだ。

「クリサは何処にいった?一緒に呑まれた気がしたんだが」

 周囲を見回してみれば周囲は石造りの地下道と見る可きか。所々には檻の破片、紙や干からびた人体が転がっている。

(ここでも如何物の繁殖をしていたか。ここを封印して以来はどうなっているかはわからんが、他にも未発見の断層へ手を加えている可能性は否めない。さっさと潰しちまいたいが、どうにも尻尾を上手く隠している。………、黒幕は誰だ?かなり大きめな後援者がいなけりゃ、此処まで大きな顔は出来ない。こういうのの洗い出しはイヌマキが得意だが、アイツのことは好きじゃねえんだよな。俺のことも嫌っているし…そもそも情報が足りんし)

 人体を一箇所に集め、紙片を回収していくもこれといった情報はなく、情報の管理を徹底していることに驚く。

(足音?)

「あー!モミジ殿下!」

「クリサか!ちょっとヒイラギの様子を見てくれないか?気絶してしまってな」

「あ、はい。医療なんかはそこまで詳しくないのですが…、治癒魔法は大なり小なり出来るんでなんとかなりますかね」

「ちと周囲を探索してくるが、ヒイラギが目を覚ましたら適当言っといてくれ」

「え、」

 そう言うとモミジは適当な紙を拾い集める探索に出てしまった。


(やはりかなり徹底している。調査なんかは紙面を纏めて軍務局に渡して、具な精査を行ってもらう。それでもかなり厳しいだろうな、炎を見つけるには煙が必要なんだから。……これは、医療用魔導具の設計図、銀の鳥の大元となったものか。二〇年…いや三〇年前の代物で、大本は向精神作用の魔力投薬型、副作用の依存性が懸念されて結局は使われなくなったようだが…どこからの掘り出し物やら)

「『宵闇よいやみを暴け、ひらけ瞳の光泉、仙眼鏡せんがんきょう』」

 痕跡を見つけるための仙眼鏡で観察していくと、紙面の端に魔導局の印が薄っすらと浮かび上がり、消された痕跡が露わになっていく。

(魔導局員の横流し、若しくは紛失。前者ならば表立って動くのは得策じゃない、…戻ったらハトムギ辺りに探させるか)

 如何物が出ることもなく、順調に物色を進めていくと後方から賑やかしい男の声が響いて。

「殿下ー!!」

「おう、来たかヒイラギ。先は助かったぞ」

「それが私の仕事でしたので」

「体調に問題はないか?」

「打撲がありましたが、治癒魔法で完治させました。もう問題ありませんよ」

「良かった。なら三人で動けるな」

「三人で、ですか?」

「紙拾いがてら周囲を探ってみたが、断層の入口らしきものは見かけなかったし、俺を捜索する為の人員が現れる様子も見られない。ならどうするか、断層を出る手段を三人で見つける他ない」

「結構な決断力ですね、殿下」

「だって食料とかないだろ?」

「ないですねぇ」

「ありません、って!断層の外には陽前軍と冒険者組合、魔導局がいるのです。待っていれば捜索班が編成され、」

「言ったろ、食料がないんだ。成る可く早く外に出ないと餓死しちまうし、食料があっても俺はさっさと帰りたい。甥っ子の誕生日が近いんだ」

「一ヶ節も出られないのは流石に勘弁して欲しいです」

「………。冒険者のクリサンセマムに質問なのですが、断層から出られなくなることはあるでしょうか?」

「通路が崩落して出られなくなった事は数度有りましたが、出口が見当たらないのは初めてです。断層内にこんなにも如何物がいないのもですけど」

「普段はもっといるのか?」

「ええ、意図的に殲滅させられたかのようにいませんね。ですので殿下、単独での行動は避けてくださいね(本当に…)」

「あいよ」

(不自然に消えているのは黒冥天星の影響だろう、結構吸ってたからなぁ。……、自分わたしたちを滅ぼした魔法、使い所は考えないとな…人生であと何度使えるか分からんが)

「というわけで探索しよう探索。クリサは根っからの魔法師だって話しだが、ヒイラギは?」

「男爵流派の風路を主軸とした前衛ですね」

「俺は一応魔導銃を持ち込んでいるが、弾数に限りがある。主は封印魔法と魔法障壁だと思ってくれ」

「公務なんですから危ないものを持ち込まないでくださいよ」

(この人には公にしていない、と見るべきかな?)

(悪いなクリサ。ヒイラギ上曹には明かしてないんだ)

(上級曹長に六格級の冒険者、そして七歳の王弟殿下…どうしたものか…)


「奥に進めば進むほど鼠の如何物『猫嚙ねこかみ』が姿を見せるようになった。体長は五尺から六尺、見た目の鼠通り妙に群れている事が多く、わらわらと気持ちの良いものではない」

「なんですかさっきから?」

「探検の記録だ、必要だろ?」

「……、録音とかしてるんですか?」

「音の記録はしていない、ただの気分だ」

(なんとか探検隊っていう番組あったなぁ。………この世界は日本刀みたいな刀や、少し和風っぽい雰囲気はあるけれど、確実に日本ではないし、日本の成れ果てではない。大断層で滅んだ世界の成れ果て、先史文明時代から魔法は有ったっぽいし、龍人を含む数多の種族がいたんだよねぇ、全くの異世界だ。……然し断層ってなんなんだろ、冒険者が言うのも何だけどさ)

 なんて考えながら三人が進んでいくと、物陰から猫噛が現れヒイラギが瞬く間に対処してしまう。単純な剣術の腕に加えて、魔法の実力も確かなので、二〇匹三〇匹程度であればモミジとクリサの手助けなしに、簡単に戦闘を終えてしまった。

「ヒイラギってかなり強いんだな」

「相手が弱いんです、この程度であれば新兵であっても苦労しません」

「そういうもんなのか、何か天井を這っているぞ」

 モミジは視界の端に捉えた、何かしらの動きへと魔導銃の銃口を向けて躊躇なく引き金に力を込める。タシュン、と放たれた魔力弾は天井を逆さに這っていた蜘蛛へと命中し、相手は動かなくなる。

「『衆合蜘蛛しゅうごうぐも』、厄介なのも出てきましたね…」

り蜘蛛ともいうやつだったか?」

「はい。特殊な毒を有しており、噛まれると身体の自由が奪われ自ら巣へと向かってしまうのです。…動物の雌雄を集めては繁殖させ、赤子を喰らうなんて噂も有りますが、それは眉唾で普通に食べられちゃいます」

「うげ…。案外に恐ろしい場所なんだな」

「案外にって…普通に恐ろしい場所ですよ」

「ええ。はっきり言って深みに進みたくないのですが…」

「こういう機会なんてそうそうないんだから、お強い二人が居るうちに色々と見させてくれ」

「「……。」」

 地位のある子供の好奇心、その厄介さに二人は眉を曇らせるのであった。

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