フェンリル達が部屋を去り数分後、扉が控えめなノック音で叩かれる。
「入っていいよ」とだけロキが言うと次の客人、アリスが姿を現し……、自分の姿を見てその青い目を大きく見開いた。
想像通りの反応を見れて満足したロキは「おいで」と手招きする。
アリスは相変わらずぽかんとしたまま、ブリキの玩具のようにぎこちない動きでロキの正面のソファーに腰掛けた。
アリスが座るのと同時に、
「初めて見る姿じゃないだろ?」
「そ、そうですけど、こんな近くで、それもこんな風にお話するのは初めてですし……」
「うん、知ってる。アリスちゃんがビックリするだろうなと思ってやってみた」
魔法で本来の姿になったロキがそう笑うと、アリスはジト目になり頬を膨らませた。
「ロキさん、意地悪です……」
「あはは、ごめんごめん。そうしたら、話しやすい姿になろうか」
そう言ってロキは纏っていた魔法を解除し、再び少女の姿となった。
アリスは少女の姿となったロキを見て安堵の溜め息を吐く。
「こっちの姿の方が落ち着かれるっていうのも、何だか不思議な気分だね……」
「あ、すみません、私のワガママで……!」
「平気だよ、アリスちゃん。今はこっちの姿の方が楽だからね。気にしない気にしない」
アワアワとしてるアリスを見て、ロキは笑う。
その言葉に嘘はない。実際、今はこの姿の方が力の消費量は少ないのだから。
「フェンリル達とは仲良くやってくれてるみたいだね。ありがとう」
「いえ、私の方こそ良くしていただいて……。むしろ、私の方が感謝しないといけないというか……」
「それでもだよ。アルシア以外とあんなに楽しそうにしてる3人を見るのは……もう何千年ぶりとかかな?……本当にありがとうね」
そんなロキの言葉に、アリスは一瞬キョトンとした表情を浮かべた。そして……
「フレスさん……、あまりと言うか、その………いつも変わらない様に見えますけど………」
「っ!!」
その言葉を聞いて、ロキは噴き出した。
なるほど、まだ付き合いが短いアリスからすれば、そう見えるのかと。
「あ、あの……ロキさん?」
「アッハッハッハ!確かにフェンリル達と比べたら変わらない様に見えるけど、大分楽しんでるよ、フレスは。たぶん、アリスちゃんの戦い方がぶっ飛んでるからかな?」
「………ロキさんっ!もしかして、見てたんですか!?」
顔を赤くして恥ずかしがるアリスを見て、ロキは更に笑う。
大人しそうに見えて物騒な戦いをする少女……。
アルシアも大概だけどアリスはそういう意味では更にその上を行く。
まさか、こんな所まで
「ふふ、この調子だと
「っ!?」
まるで何でもない事の様にロキがそう言うと、アリスは驚愕した表情を浮かべた。
ロキの口から、その単語が出てくるとは想像していなかったのだろう。
「知って………たんですか」
「うん。と言っても、ボクもそんなに交流があった訳じゃないけど」
「じゃあ、私達がそう呼ばれている由縁とかも……」
「その様子じゃ、伝わってないのかな?」
ロキの問いにアリスは小さく頷く。本当に何も知らないのだろう。
実際、ロキのその推測は正しく、アリスはおろか、彼女の住む村の大半の人間がそれを知らないのだ。
「まあ、無理もないよね。たぶんだけど、意図的に伏せられた。昔と違って彼らは外界の人間と関わるようになっていたからね」
「昔は……?」
「彼らは村の外の人間と関わる事なく過ごしてきたんだ。一族の始祖であるイヴ・リアドールから託された『槍』を守る為に」
「リア………、ドール………」
「そうだよ。それが神人の片割れ、イヴが君の一族を立ち上げてから名乗った名さ。要するに君の直系のご先祖様……なんだけど」
ロキは勿体ぶるようにそこで言葉を切り、真剣な表情でアリスを見つめた。
「アリスちゃん。君の秘密についてボクは話すことが出来る。けど、逃げるなら今だよ?」
「逃げる……?」
意味が分からず見つめ返すアリスに、ロキは続ける。
「明日、ボク達は悪神と戦う。これまでの……、少なくとも君が戦った鎧の魔族なんかよりずっと強い。誰かが死ぬ可能性だって、十分あり得る」
「………………」
「その上でもう一度言う。君はここで逃げてもいい。また学生として平穏に過ごせる様、ボクらが全力で戦えばいい。だから君は―――――」
「いいえ、逃げません」
アリスはきっぱりと、その提案を拒否した。
あまりにも即答だった為、ロキは少しだけ驚く。
「ここで逃げたら楽かもしれません。また、何でもない日常に戻れるかもしれない。でも……」
「…………………」
「でも、ここで逃げたら私はきっと後悔します。大事なところで逃げたって。だから、私も行きます。」
「アリスちゃん…………」
アリスの答えに、ロキは少しだけ悲しげに俯く。
気を利かせたつもりが余計なお節介だったらしい。
一度決めたら折れない……、そういう所はアルシアとそっくりだった。
ロキは小さく頭を下げる。
「ごめんね。余計なお節介だったね」
「まったくです。だから、もうそんな事言わないでくださいね?」
と、仕返しとばかりに今度はアリスが意地悪く笑う。
ロキはそんなアリスに苦笑しながら近付くと、彼女の前に膝をつき、その白い手に自分の手を重ねた。
「最後の封印を解くついでに昔話をしようか。君の持つ『槍』について。それを使う上で、知らなければならない話を」