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第8話

 そして、試合当日。


「はぁはぁ……はぁはぁ……」


 ティナは顔を隠すように大きなフードを被り、隠れるようにして森の中を全力で走っていた。


「撒いたか?」

「そんな訳ないじゃない」

「──ッ!?!?!?!」


 息を整えるように肩で息をしながら大きな木の幹に寄りかかりながら呟くと、ゼノが呆れるように言いながら姿を現した。


「執拗い男は嫌われるわよ?」

「分かってないなぁ。執拗いくらいの方が好きだって言う女の子も結構いるんだよ?」


 追い詰められたティナは額に汗を滲ませながら、この絶体絶命的な状況からどう逃げようか頭をフル稼働していた。


 ゼノとの鬼ごっごは日が昇る頃から始まっていた。どうせいつものように飲み歩いているだろうと思ったティナは、ゼノが帰る前に姿を晦ましてやろうと考えた。


「どこ行くの?」


 そっと部屋を出たのと同時に、いるはずのないゼノと鉢合わせした。


「な、なんでいるの!?」

「あはは、お嬢さんの考えてることぐらいお見通しだよ」


 ティナが逃げ出す事は想定済みのゼノは、一晩中部屋から出てくるのを待っていたらしい。こういう時に限って護衛らしい事をするんだから、堪ったものじゃない。


「…窓から出ればよかった」

「そう言う事じゃないと思うよ?」


「チッ」と舌打ちをして言うティナを苦笑しながら諭した。


「もういい加減諦めなよ」

「嫌よ」


 頑なに拒むティナに、ゼノも手を焼いていた。


「はぁ~…嫌がる女の子を力ずくって趣味じゃないんだけど……仕方ない」

「!!」


 腕と足が見えない何かに拘束されたように動かない。


「ごめんね。時間がないから、大人しくしててね」


 動けなくなった所で、ゼノに担ぎ上げられた。


「冗談じゃない!!離しなさいよ!!人さらい!!」

「はいはい。人さらいでも皿洗いでもいいけど、大人しくしてないと舌噛むよ?」


 ティナの抵抗も虚しく、あっという間に連れ去られてしまった。



 ❊❊❊



「もぉ、そんな膨れっ面しないの。可愛い顔が台無しだよ?」

「…………」


 無理やり連れてこられたのは、言うまでもなく試合の行われる闘技場。すでに人が列を作って、中に入るのを楽しみにしている。

 周りには露店も多く、小さな子供がはしゃぎ回っている。ティナ自身も、昔はああして無邪気にはしゃいでいた。グイードが来てからは一緒になって、父に強請って色々買ってもらっていたものだ。


「俺らはあっち」


 ゼノに手を引かれて中に入った。


「ここだよ」とやってきたのは、闘技場が一望できる観客席。席には飲み物や果物、軽食まで用意されている。これが一等席の待遇かと驚きつつも、ゼノにせっつかれて席に着いた。


「ちょっと…あれ見て…」

「え!?あれって、ティナ様じゃない!?」


 ティナが席に着くと、ざわざわと辺りが騒がしくなった。


「なんであの女があそこにいるの!?」

「あそこって、ユリウス様の席じゃない!?」


 一気に嫉妬と妬みの大合唱に変わる。これだから来たくなかったのに…そう思っていると、ユリウスの話に紛れて思いもよらない言葉が聞こえた。


「……ねぇ、もしかして、隣にいるのってゼノ様じゃない?」

「え!?あの大戦で活躍したっていう特殊部隊の!?」


 その言葉にいち早く反応したのはティナ。


 大戦と言えば、ある国同士の小さないざこざから始まった歴史に残るぐらいの戦争だったと聞く。友好関係を結んでいたこの国からも騎士を出したが、甚大な被害を負ったと聞いていた。


 そんな戦争を終わらせたのは、ある国に席を置いていた特殊部隊の総隊長の男。たった一人、単身で戦地に赴き終息させたという伝説の男だ。そんな伝説の男が……?


 驚きのままゼノの顔を見れば、照れくさそうに頭を掻いてる。


「嘘だ!!」

「人を見た目で判断しちゃいけませぇん」


 指を指して言うと、揶揄うような言葉が返って来た。


「なんで、そんなすごい人がこんな所にいるのよ!!」

「ん~?飽きたから辞めた」

「はぁ!?」

「軍隊ってさぁ、男臭いんだもん。女の子いないし」


 もう、空いた口が塞がらない。


 ティナはその場に崩れるようにして膝をついた。みんなの憧れが、こんな色魔野郎だったなんて…誰にも言えない。ティナとて知りたくなかった。伝説は伝説で綺麗なままが良かった。


「一つ訂正するとすれば、俺が一人が英雄みたいなことになってるけど、違うからね」

「は?」

「まあ、目立つのが嫌いな奴もいるって話よ」


 それはよく分かる。ティナも目立つのは勘弁して欲しい。だが、そうも言えない状況に置かれている。


「ユリウス様だけでは飽き足らず、ゼノ様まで…!?」


 ユリウスだけではなくゼノまで誑し込んだ女だと認知された。嫉妬が殺意に変わるのも早い事だろう…


「……今日が命日かもしれない」

「あははは、俺がいる限り大丈夫だよ」


 ゼノに手を取られて立ち上がると、運悪くスカートの裾に足を引っかけて躓いてしまった。

 そのまま、ゼノの胸に倒れ込むようにして抱きしめられた。その瞬間、叫び声に近い悲鳴が場内に響き渡る。


「大丈夫かい?」

「ええ、ありが──」


 ドスンッ


 お礼を言おうとしたティナの目の前を、猛スピードの何かが通りすぎ壁にぶち当たった。


「…………」


 ゆっくりと壁の方を見ると、パラッと落ちる瓦礫の真ん中には拳大の石が……


「えっと…あれは…石…?爆弾…かな?」

「紛れもなく石、だね」


 お互いに顔面蒼白になりながら、飛んできた方を見た。そこには殺気を全身に纏わせ、その視線で軽く人を殺れるなと言える形相でこちらを睨みつけていた。


「こっわ…」と顔を引き攣らせているゼノ。周りで野次を入れていた者らも大人しくなったが、先ほどまでの熱気が一変して殺気に塗れている。


 このままじゃ殺られる。そんな空気が漂う中……


「おい、なに殺気だってんだ」と、ユリウスの頭を躊躇なく殴りつけたのは、騎士団長であるレイモンド。


「お前が付けた護衛だろ。いちいち腹を立てるな」

「…………分かってますよ」


 ティナからは何を言っているのか分からなかったが、どうやらレイモンドが宥めてくれたという事だけは分かった。


 レイモンドが来たのを皮切りに、続々と騎士が入ってくる。


 いよいよ試合の開始だ。

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