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第9話

 試合は剣術と武術の二種目に分かれている。騎士はどちらにでても構わない。当然、二種目出るのも可能。大抵の者は一種目で力尽きるが、中には根性を出す騎士もいる。

 何故なら、この試合は多くの貴族令嬢が見に来ている。自分をアピールする絶好の機会なのだ。


 ほとんどがユリウス目当てだと分かっているが、今回はティナに公開プロポーズをしたことで、諦めた令嬢の目に留まるかもしれないと小さな希望を胸に、挑んでいる者も多い。


 なので、今回の試合はいつも以上に気合が入っている騎士が多く、熱気がすごい。


「─…とは言え、気合いだけじゃ、どうこうできるものでもないのよねぇ…」

「まあ、下っ端に負けたなんて事になったら旦那の面子にもかかってくるからねぇ」


 冷静な解説を行う二人。その視線の先には、屍のように倒れた騎士数人の真ん中に堂々と立っているユリウスの姿。


 その姿に令嬢達の熱気も最高潮。


「今年こそ勝てると思ったのに…!!」

「爪が甘いんですよ」

「お前のそういう余裕な表情がムカつく!!」


 ユリウス相手に文句を言っているのは、同期である騎士のヴェルナーだ。容姿も剣の腕前もそこそこで、ユリウスがいなければ副団長になっていただろうと言われていた。唯一、ユリウスに文句が言えることでも有名な人物。


「クソッ!!武術で決着を付けるぞ!!ぜってぇ負けねぇ!!」


 スッと立ち上がり牽制するように言うが、ユリウスは余裕の表情を変えず「ええ、こちらこそ」と微笑むだけだった。




 ──その結果…




 ボコボコにやられたヴェルナーが、ユリウスの足元に転がった。


「なんだよぉ…一つぐらい花持たせてくれたっていいじゃんかよぉ」


 地面に突っ伏したまま愚痴愚痴と文句を言ってくるが、ここで手を抜けば抜いたで文句を言うに決まってる。面倒臭い男だ…


 さて、どうしたものかとユリウスが困っていると、ある場所で視線が止まった。


「ヴェルナー、見てください。どうやら、あのお二人は用があるみたいですよ?」


 そう指さす先には、二人の令嬢の姿。ヴェルナーが視線を送ると「きゃッ!!」「こっち見たわ!!」と顔を赤らめて喜んでいる。


 その姿を見るや否や、口元をだらしなく緩めた。


「……ふっ……ふふっ……遂に、遂に来た!!俺の時代が!!」


 いじけていた姿は何処へやら。勢いよく背筋を伸ばして立ち上がった。

 髪をかきあげてチラッと女性の方を見れば、黄色い歓声が聞こえてくる。


「くぅ~……!!これだよ、これ!!俺が求めていたのは!!」


 ガッツポーズをしながら地団駄を踏み、喜びを表現する。


「良かったですね」

「ああ、これで今年は寂しい思いをしなくて済む。お前はどうするんだ?」

「愚問ですね」


 ユリウスは鼻で笑うように言った。


「例の令嬢か?」

「ええ」

「……その令嬢は何処にいるんだ?」


 ヴェルナーが観客席を見ながら言うので、ユリウスは「何を言っているんだ?あそこにいるだろ」と言わんばかりに、観客席を指差すが


「は?」


 指さした先に人の姿はなかった。


「あははははっ!!逃げられてやんの!!」

「…………」


 腹を抱えて笑うヴェルナーを黙って睨みつけるが、怯えることなく「どんまい」と声をかけた。


「まあ、土産話ぐらいは聞かせてやるよ!!」


 ヴェルナーは勝ち誇ったように言いながら、自身を待つ令嬢の元へ駆け寄って行った。



 ❊❊❊



 一方、ティナは…


「お嬢さん!!どこ行くの!?」

「え?帰るんだけど?」


 急ぎ足で元来た道を戻るティナをゼノが止めようとしていた。


「いや、駄目でしょ!?この後、何があるか分かってる?」

「分かってるから、あの人の目が向いていない今の内に逃げる帰るんじゃない」


 そう。この公開試合には、裏のメインイベントがある。それは、城をバックに打ち上げられる花火。夜空に咲く色とりどりの満天の華。カップル達が盛り上がらない訳が無い。


 なんでも、一緒に花火を見たカップルは末永く一緒にいられるらしいと、どこにでもありがちなジンクスがある。


 …本当、ろくなジンクスを作らないな。


 それに踊らされている方もどうかと思うが、このイベントは恋愛成就の鍵として、毎年多くの男女が花火を眺めている。


「駄目駄目!!旦那がこの日をどれだけ楽しみにしてたと思ってんの!?」

「そんなの知らないわよ。勝手に楽しんでちょうだい。私は帰る」


 一目散に出口へ向かうティナの腕を掴んで必死に引き止める。


 こんな所で足止め食らってる場合じゃない。早くしなければ、あの男にバレる。そうは言っても…


 チラッとゼノを見た。


(…こっちもこっちで逃がしてはくれないだろうな)


 ティナは苛立ちながら「チッ」と舌打ちした。


 イベントを楽しむのはいい事だと思うが、相手の気持ちも考えろって話。中には行きたくないと思っている者もいるはず、自分が楽しいんだから相手も楽しいって思ってる自己中心野郎は、滅びてしまえ。


「ねぇ…心の声が漏れてるの気付いてる?」


 どうやら全部漏れていたらしく、ゼノに苦言を言われた。


 そんな二人の元に近づき「ゼノ様」と、艶のある声で呼びかける女性がいた。しなやかに歩み寄り白く長い指をゼノの腕に絡め、豊満な胸を押し付けて優艶に微笑んでいる。…見るからに夜を生業としている女性。


「探していたんですよ?……こちら女性は?」


 敵視した目でティナを睨みつけてくる。


 どうやらこの女性と約束をしていたらしいが、いくら経っても現れないゼノを探しに来たらしい。その事を完全に忘れていたゼノは「えっと~…」と言葉を濁すように口ごもっている。


(言い訳下手か!!)


 このままではティナは横からかっさらいに来た泥棒猫だと認識された挙句に、無関係なのに修羅場を体験することになる。


「あ、私はこの男とは無関係です。何処へなりと連れて行ってください」


「どうぞどうぞ」と後退りしながら言うと、女性は「あら…?そう?」と急に毒気が抜けた様な顔になった。


「早くしないと場所がなくなりますよ?」

「あら、大変。急ぎましょう」

「──ちょッ!!」


 ティナが急かすように言えば、女性は慌ててゼノの手を引きその場から離れて行った。途中「頼むから旦那の傍にいてよ!!」と言う声が聞こえた気がするが……うん、気のせいだ。


 これで邪魔されずに帰れると、足取り軽く進んでいると


「ティナ様、ちょっとよろしいかしら?」


 ゼノがいなくなったのを見計らったように、数人の令嬢に囲まれた。


 ……ああ、頼むから帰して……


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