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第10話

 令嬢達に連れてこられたのは、人気のない城の裏。…なんともありがちな展開に溜め息が漏れる。


「あなた、何様?」


 ドンッとティナの肩を押したのは、同じ伯爵の位を持つオリビア・フレンツ。その周りは取り巻きか?あまり見た事のない令嬢ばかりだ。


 …数が揃えればいいってものじゃないのに…


「聞いてるの!?」

「あぁ~はい。聞いてますよ?」


 面倒臭そうに応えると「なんなのその態度!!」とさらにヒートアップしてくる。


「貴方のような溝ネズミが、ユリウス様の傍をうろちょろしていると、ユリウス様の品格が疑われるのよ」


「身の程を知りなさい」と息巻いている。


 おぉ~おぉ~、随分な言われようだな、おい。そんな事言われちゃ、こっちだって黙っちゃいない。


「何を勘違いしているのか分かりませんが、執拗に絡んでくるのは貴女がたが仰っているユリウス様ご本人ですが?貰ってくれるのなら喜んで差し上げますよ?」


 紛れもない本音をぶつけたつもりだったが、何故かオリビア達の表情は険しくなる一方。


「なんなの?自慢?自分の方が優れてるって言いたいの!?ユリウス様のお気に入りだからって調子に乗ってるんじゃないわよ!!」


 唾が飛びそうなほど怒鳴り散らしてくる。

 ユリウスはティナ自分にしか興味がないから、別に差し上げてもすぐに戻ってくるし…って感じに聞こえたのだろう。


 そういうつもりで言ったつもりはないんだが…


(……何を言っても無駄だなこりゃ……)


 嫉妬に狂っている女には何を言っても嫌味にしか聞こえない。こういう時は、相手の熱が冷めるまで大人しくしているに限る。


 ティナは汚く罵られようが、蔑み嘲笑われようが黙って受け入れた。


 暫くして、大分勢いが弱まっていた所でようやく口を開いた。


「そろそろ満足しました?」

「なッ!!」


 その一言が良くなかった。


「馬鹿にするんじゃないわよ!!」とパンッ!!と乾いた音が響いた。


「…………ッ」


 激しくぶたれたティナの頬は赤く染まっていて、口の端には血が滲んでいる。打ち所が悪く、切れたようだ。


 流石に手を出されたら、見逃す事は出来ない。キッとオリビアを睨みつけると「な、なによ」と怯んだように一歩後ろに退いた。他の令嬢達も後退る。


(逃がさん)


 鋭い眼光で睨みつけながら、じりじりと距離を詰めていく。そして──


「おやおや。なにやら物騒な事になってますね」


 その声にピタッと足を止めたティナだったが、振り返る事はしない。振り返らずとも、うっとりとした表情のオリビア達を見ればその声の主は容易に想像できる。


「探しましたよ。……で?こんな所で何を?」

「…………」


 ユリウスは遠慮なくティナの肩を抱くと、覗き込むようにして顔を見てきた。ティナは本能的に赤くなった頬を見られてはいけないと感じ、慌てて顔を逸らした。


「……ティナ。その頬はどうしました?」


 滲んだ血を拭うようにして頬を撫でられた。上手く隠したつもりだったが、目敏い相手だと言う事を忘れていた。


「大したことありません。かすり傷です」


 撫でている手を払いながらユリウスの顔を見たが……その表情に「ヒュッ」と息を飲んだ。いや、穏やかに微笑んでいるのだが、その笑みが酷く恐ろしい…全身の血の気が引くような感覚に襲われている。


「ゆ、ユリウス様……?」


 顔を引き攣らせながらも、必死に笑顔を作るオリビアが呼びかけた。こうして会えた今、少しでもユリウスに自分を売り込みたいのは分かる。分かるが、今はその時じゃない。


「君は確か…フレンツ伯爵の…」そう口にすると、オリビアは目を輝かせた。


「そうです!!オリビアと申します!!」


 歓喜の表情で名を口にする。こうなると、もう周りの事なんて目に入らない。


「ユリウス様に覚えていただけていたなんて感激です!!わたくし、ずっとユリウス様とお話したいと思っておりましたの…そうですわ!!この後、ご一緒しませんか!?うちの屋敷からは夜空に咲く花火が良く見えますのよ?」


 自慢気に言っているが、ユリウスの表情は変わらない。他の令嬢達はユリウスの様子に気が付いたらしく、黙って下を向いている。気付いていないのは、興奮気味にユリウスに近付くオリビアだけ。


 そんなオリビアがユリウスの腕に手を回そうとした、その瞬間「シュッ」と勢いよくオリビアの頬を掠めたモノがあった。


 オリビアが頬に触れると、ヌルッとした感触と触れた指は真っ赤な血で染まっていた。


「きゃぁぁぁ!!」


 悲鳴と共にその場に倒れ込むようにして尻もちをついた。

 傷は大した事ないが、顔に傷が付いたと言う事の方がショックなのだろう。


「騒がしい口ですね。少し黙って頂けますか?」


 オリビアの口元を指さすと、口が貝のように閉じて開かなくなった。必死に口を開けようともがいているが、少しの隙間すら出来ない。


「まったく、ティナがいる前で勘違いも甚だしい言葉を口にしないで頂きたい。不安にさせたらどうするんです?」


「それは無い」と小声で否定だけはしておいた。


「何故貴女の事を知っているか…ですか。ティナに誤解されたままなのは不本意なので、教えて差し上げます」


 オリビアの目線を合わせるように座り、笑みを浮かべた。

 ここに来て、ようやく恐怖心が芽生えたオリビアは目にいっぱい涙を溜め、可哀想なほど震えている。


「単刀直入に言えば仕事です。…貴女の父フレンツ伯爵ですが、違法賭博に手を染めてますね?」

「!?」


 ユリウスの言葉に目を見開いて驚いている。父親がまさか、犯罪に手を染めているとは思いもしなかったのだろう。

 必死に首を振り「何かの間違いよ!!」と訴えているようだ。


「まあ、伯爵の事はどうだっていいんですよ。信じるも信じないも貴女の勝手です。遅かれ早かれ分かる事。溝ネズミなどとティナを罵ってましてが、果たしてどちらが溝ネズミなのか……」


 物凄く丁寧な口調で睨みつけられたオリビアは、この世が終わりのような顔をしている。父である伯爵が捕まったとなれば、華やかな令嬢生活も終わりだ。完全に人生を詰んだと言える。


(──というか、最初から見ていたなら止めろよ)


 助けを呼ばれるのを期待して、静観していたんだろうな…本当、やる事がいちいち陰険で嫌になる。


「ところで、ゼノはどうしたんです?」


 急にこちらに向き直り、ゼノの居場所を問われた。


「彼がいればこのような事態にはなっていないはずですが?……よもや、職務放棄……などという事はありませんよね?」


 思わず目を逸らしてしまった。


 この場合、本当の事を言うべきか?女性と消えましたよ。って?駄目アウトだろ。


「ティナ?」と顔を覗かせてくる。その度、目が合わないように顔の向きを変えて誤魔化し続けているが、そろそろ限界だと思ったその時「お嬢さん!!」とゼノの声が聞こえた。


「あや?旦那もご一緒で?」

「…今までどこにいたんです?」


 居場所を問われたゼノはバツが悪そうに頬を掻いて誤魔化そうとしているが、首元にびっしり付いた赤い痕がすべてを物語っている。


「はぁ~……」


 ティナは呆れるように溜息を吐きながら頭を抱えた。


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