目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第4話 業務内容

 中途採用で入ったのは、冬。

 ちょうど歳暮やら年賀状の時期で、オレは早速役に立てた。


「陽さんひとりじゃ大変で、毎年困ってたの。印字じゃ味気ないしねえ」


 そう言うのは、隣の席の井上さん。

 試用期間中はこの人の指示に従うように、と言われてる。


「そうなんですか?」

「おつきあい関係作っておいて、損はないお仕事でしょう? だから機会があるごとに郵便物出すのだけど、量が多いのよ。宛名くらい印字でもいいじゃないのって思うけど、そこにこだわる方も、確かにいらっしゃるから」

「なるほど」

「それにしても、上の人たちだってたいがい器用貧乏だけど、北島くんはまたおもしろい方向に色々とできる人なのね」


 井上さんはまかきゃらやができてから、早い時点で就職したらしい。

 多分、社長たちと同年代のてきぱきとしたベテランさん。

 自分の仕事をしながら、オレの面倒も見てくれるって、すごいと思う。


「前の仕事が専門職で、それしかできないのが悔しかったんですよね」

「あら」

「なので、辞めてから色々と……資格取ったり勉強したり……」

「なるほど。北島くんはソフト負けず嫌い……っと」


 井上さんが笑いながらメモを取るまねをする。

 負けず嫌い、なのかな?

 自分ではよくわからない。

 ただ、信用していた人に投げられた言葉は痛かったから、じゃあ変わってみせるって思ったんだ。

 今日の作業は、筆での宛名書きと礼状の清書。

 筆書きはできる。

 ハローワークに通うのとは別に、通信で練習した。

 筆耕っていう仕事らしい。

 でも、筆で字を書くことはできても、自分で文言を考えるのはできないと言ったら、例文を差し出された。

 何が何でも書け、書いてくれってことらしい。


「どれくらいでできそう?」

「年賀状の宛名書きが枚数あるんで……できれば、今日いっぱい欲しいです」

「じゃあ、礼状の方から手を着けて、昼に一度、進捗報告いい?」

「はい」


 年末も近くて、外勤チームは出入りが激しい。

 内勤チームも忙しなくしているし、ここに通い始めて知ったけど、会社っていうのは電話が多いらしい。

 自分の作業をしながら、電話の応対なんてすごいなあって、オレはここ数日で思い知らされてる。


「第二資材室、いいですか?」

「いいよ。鍵わかる?」

「はい」


 集中して書きたいのと、何か事故ったときに他への被害をなくしたいので、毛筆を使うときは別の部屋に移動させてもらう。

 今までも、陽さんが使っていたという場所。


「あ、ねえ、北島くん」

「はい」


 鍵置き場から鍵をとって、移動しようとしたら、別の人から声をかけられた。


「お花、活けられるんだよね?」

「は……まあ、一応」

「よーし。じゃあ、そのつもりでいます」

「はい?」

「何かあったらよろしくです」

「あー、はい」


 手元の書類で何かを確認していた人は、オレの返事ににやりと笑った。

 ええ?

 何させられるんだろう。

 移動までの少しの間に、色々声かけられて、確認されて、オレはでてないけど電話がひっきりなしになってて、忙しいところに就職したんだなあって、改めて思った。

 いや、前の会社もそうだったのかもしれないけど、前は作業に集中してたから、こういうモノだって知らなかった。

 ホントに、オレはなにもできないんだなあ。

 こっそりため息をついて、作業場所に足を向ける。

 オフィスは建物の一階。

 二階に、食堂や資料室や資材室がある。

 階段を上っていたら、要さんが降りてきた。

 なんだかんだで、久しぶりに顔を見られて、オレはちょっとほっとする。

 他の人も優しいけど、誘ってくれた人に全然会えないのは、なんかほんの少しだけ心細かったから。


「おつかれさまです」


 会社の中で見かける要さんは、多分オーダーだろう三揃えのスーツを、いい感じに着崩してることが多い。

 今日は上着なし。

 寒くないのかなと思うけど、忙しくしてる人は、寒さも感じないのかもしれない。


「うん、お疲れさま。どう? うまくやってる?」

「おかげさまで、皆さんに良くしてもらってます」

「早速こき使われてるんじゃない?」


 オレが握ってる鍵に目を留めて、要さんが笑う。


「でも、できることがあるのはいいです」

「そっか。最初からとばしすぎないで。ほどほどにね」

「はい」


 ぽんぽん、とオレの肩をたたいて、要さんは一階に向かって行った。

 時期なのかずっと忙しいのかはわからないけど、社内で要さんに会うことはほとんどない。

 けど、相変わらず気にかけてくれてるのは、ありがたい。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?