唖然。
っていうのは、こういう気分なんだと思う。
てへって、照れたように笑う要さんの顔をまじまじと眺めた。
何が、どうなってんの?
要さんが、山内さんを殴った?
オレが、要さんのだから?
って。
……ええええええええ?!
「かっ要さん……それって……あの……」
「もう、俺の予定は狂いまくりだし、順番は無茶苦茶だし、非常に腹立たしいことこの上ないんだけど、それはなっちゃんのせいじゃなくてあの男のせいだから」
「……はあ」
「なっちゃん」
「はい」
表情を改めて、要さんがオレを見る。
「好きだよ」
今まで見た、どんな表情とも違う顔で、要さんがオレを見て言った。
「なっちゃんが好きだよ。とても大切に思ってる」
「あの……あの、でも、オレ、男ですが?」
「性別なんて些細なことだと思うんだよね」
「ささい……」
「俺が、なっちゃんのことをかわいいと思ったんだ。なっちゃんに笑って欲しいと思った。つまらなそうな泣きそうな顔でタバコ吸っているのは、嫌だと思った。性別なんかより、そういうことの方が大事だと思った」
それに、と、ちょっとだけ意地悪な顔で笑って、要さんは付け加えた。
「なっちゃん、俺のこと好きでしょう? だから、なっちゃんにいい顔をしてもらおうと思ったら、俺がそばにいるのがいいと思うんだよ」
どう? って、微笑まれても!
要さんは男を好きになれる人だと思ってなかったし、なにがなんだかで。
それに何より。
「でも、要さん、オレのこと最近はそんなに好きじゃないでしょう? 気に入ってるくらいで……」
「なんで? 好きだよ」
「嘘」
ちょっと驚いた顔をしたあとで、要さんは疑われて悲しいって、顔で訴えてくる。
だって、ホントに会社での要さんは、そんなオレを好きな風に見えなかったんだ。
「だって……呼んでくれなくなってたし」
「なっちゃんって、呼ばなかったから?」
「いや、公私混同がよくないからっていうのは、気がついてたんですけど……」
「そんなの、呼べるわけない」
「ですよね」
きっぱり言い切られて、わかりますとうなずいたら、要さんの左手がオレの頬に添えられた。
「なっちゃん、全然わかってない。みんなの前では『北島くん』って呼んで、我慢しなきゃって思ってたんだよ。こんなかわいい子を特別に呼んだら、歯止めが利かなくなるじゃないか」
「え?」
「大好きだから我慢しなきゃって、わざわざ名字で呼んでたんだよ。呼んでいいなら名前で呼ぶし、かわいがっていいならいくらでも『なっちゃん』って呼んで、かわいがり倒す。それくらい好きだよ」
だから、ね。
と、要さんが吐息でオレの唇にふれる。
「なっちゃんが好きだよ。俺のものになって」
「要さん……」
「なっちゃん、俺のこと好きでしょう?」
「……好き」
「うん、知ってた。だからね、俺のものになって。今回みたいに困ったことになったら、真っ先に俺に話して。こんなヨレヨレになる前に、俺に助けさせて」
うん。
そう声に出して答える前に、要さんはオレの返事を唇ごと食べてしまった。
オレが小柄なわけではない。
要さんが大きいんだと思う。
多分。
ベッドの上に胡坐をかいた要さんの腕の中に、いい感じに納まってる。
背中から抱き込まれてあたたかくて、ふわふわする。
髪を撫でられて、耳たぶを触られて、思い出したようにキスをもらう。
「ふふ……」
「なっちゃん、ふわふわだね。気持ちい?」
「ん……」
「あー、ホントにかわいいなあ……」
はむはむと頬を甘噛みされて、笑ってしまう。
ぐりぐりと後頭部を要さんにこすりつけた。
仰向いた顎をそのまま固定されて、また、キスされた。
上下が逆になったキス。
オレの舌の裏側に、要さんの舌が入り込んで暴れまわる。
「ん……ぅん……む…」
喉の奥で甘えた声が出る。
息が上がって苦しくなるけど、キスが楽しくて止めたくない。
ちゅっと音をたてて下唇を引っ張るようにしてから、要さんが解放してくれた。
やっと空気吸えた。
息が上がってはふはふしてるけど、寂しくて体をねじって要さんに抱きついた。
「苦しかったら、ちゃんと言わなきゃ、ダメだよ」
「やだ」
「なーっちゃん」
「だって止めたくない」
「ああ、もう、ホントにどうしてくれよう。デレたらかわいいはずだと思ってたけど、ホントにかわいい……」
要さんがノーミソ溶けてるんじゃないかなって、謎の発言をする。
しながら、オレを宝物みたいに抱きしめて、耳や首元にキスをくれる。
腕の中にオレを閉じ込めて、ゆらゆらと体を揺らしながら、背中を撫でる。
「要さん……?」
「なっちゃんは今は何も言っちゃダメ」
「なんで? 気持ちよくて、眠くなっちゃうじゃん」
「うん、だからね、なっちゃん今すごい疲れてるから、一回休憩」
「やだ」
「大丈夫、ずっと一緒にいるから。だから、今は俺の忍耐力、試さないでね」
「……やだ」
子どもみたいにあやされてる。
嬉しくて気持ちくて、悔しいから、要さんにすりすりってした。
「ああ、この耐久試験はきびしいなあ」
要さんはそう言いながら、くすくす笑う。
笑いながら、オレをあやす。
ヨレヨレのボロボロだから、今は寝ろっていう。
オレはせっかく要さんとベッドの上で、もったいないって思ってるのに……なのに、気持ちよくて瞼がおちる。
この数日、ホントに怖かったんだ。
どうしたいいのかわからなくて、見つかったらどうしようって思っていた。
不安で眠れなくて、眠っても眠りが浅くていやな夢見て。
でも、もう大丈夫なんだ。
要さんが好きって言ってくれた。
暖かくて気持ちよくて、幸せ。
幼いころ実家で昼寝してて、目が覚めそうなとき、こんな感じだった。
気持ちよくてこのままが良くて、でも起きたらもっと楽しいような気がして、周りの音がふわふわ聞こえてくるのを、聞くともなく聞いていた。
「ああ……そうなんだ。うん、大丈夫、保護した。ヨレヨレだったから、今は寝かせてる……いや、そこでそれは鬼畜でしょ? 酷いねお前……お前の中で、俺はどんな酷いやつなのよ?」
タバコくさくて、でも手触りだけはパリッとして気持ちがいいシーツ。
聞こえてくるのは要さんの声で、あれ? って思いながら、うっすら目をあけた。
シーツは見えるけど、いない。
声はするのに、要さん、見えない。
手を伸ばして探ったら、すぐに大きな手がオレの手を握ってくれた。
ふふふ。
よかった。
嬉しくて、ふうって息をついて、また目を閉じた。