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第13話 休憩時間

 唖然。

 っていうのは、こういう気分なんだと思う。

 てへって、照れたように笑う要さんの顔をまじまじと眺めた。

 何が、どうなってんの?

 要さんが、山内さんを殴った?

 オレが、要さんのだから?

 って。

 ……ええええええええ?!


「かっ要さん……それって……あの……」

「もう、俺の予定は狂いまくりだし、順番は無茶苦茶だし、非常に腹立たしいことこの上ないんだけど、それはなっちゃんのせいじゃなくてあの男のせいだから」

「……はあ」

「なっちゃん」

「はい」


 表情を改めて、要さんがオレを見る。


「好きだよ」


 今まで見た、どんな表情とも違う顔で、要さんがオレを見て言った。


「なっちゃんが好きだよ。とても大切に思ってる」

「あの……あの、でも、オレ、男ですが?」

「性別なんて些細なことだと思うんだよね」

「ささい……」

「俺が、なっちゃんのことをかわいいと思ったんだ。なっちゃんに笑って欲しいと思った。つまらなそうな泣きそうな顔でタバコ吸っているのは、嫌だと思った。性別なんかより、そういうことの方が大事だと思った」


 それに、と、ちょっとだけ意地悪な顔で笑って、要さんは付け加えた。


「なっちゃん、俺のこと好きでしょう? だから、なっちゃんにいい顔をしてもらおうと思ったら、俺がそばにいるのがいいと思うんだよ」


 どう? って、微笑まれても!

 要さんは男を好きになれる人だと思ってなかったし、なにがなんだかで。

 それに何より。


「でも、要さん、オレのこと最近はそんなに好きじゃないでしょう? 気に入ってるくらいで……」

「なんで? 好きだよ」

「嘘」


 ちょっと驚いた顔をしたあとで、要さんは疑われて悲しいって、顔で訴えてくる。

 だって、ホントに会社での要さんは、そんなオレを好きな風に見えなかったんだ。


「だって……呼んでくれなくなってたし」

「なっちゃんって、呼ばなかったから?」

「いや、公私混同がよくないからっていうのは、気がついてたんですけど……」

「そんなの、呼べるわけない」

「ですよね」


 きっぱり言い切られて、わかりますとうなずいたら、要さんの左手がオレの頬に添えられた。


「なっちゃん、全然わかってない。みんなの前では『北島くん』って呼んで、我慢しなきゃって思ってたんだよ。こんなかわいい子を特別に呼んだら、歯止めが利かなくなるじゃないか」

「え?」

「大好きだから我慢しなきゃって、わざわざ名字で呼んでたんだよ。呼んでいいなら名前で呼ぶし、かわいがっていいならいくらでも『なっちゃん』って呼んで、かわいがり倒す。それくらい好きだよ」


 だから、ね。

 と、要さんが吐息でオレの唇にふれる。


「なっちゃんが好きだよ。俺のものになって」

「要さん……」

「なっちゃん、俺のこと好きでしょう?」

「……好き」

「うん、知ってた。だからね、俺のものになって。今回みたいに困ったことになったら、真っ先に俺に話して。こんなヨレヨレになる前に、俺に助けさせて」


 うん。

 そう声に出して答える前に、要さんはオレの返事を唇ごと食べてしまった。


 オレが小柄なわけではない。

 要さんが大きいんだと思う。

 多分。

 ベッドの上に胡坐をかいた要さんの腕の中に、いい感じに納まってる。

 背中から抱き込まれてあたたかくて、ふわふわする。

 髪を撫でられて、耳たぶを触られて、思い出したようにキスをもらう。


「ふふ……」

「なっちゃん、ふわふわだね。気持ちい?」

「ん……」

「あー、ホントにかわいいなあ……」


 はむはむと頬を甘噛みされて、笑ってしまう。

 ぐりぐりと後頭部を要さんにこすりつけた。

 仰向いた顎をそのまま固定されて、また、キスされた。

 上下が逆になったキス。

 オレの舌の裏側に、要さんの舌が入り込んで暴れまわる。


「ん……ぅん……む…」


 喉の奥で甘えた声が出る。

 息が上がって苦しくなるけど、キスが楽しくて止めたくない。

 ちゅっと音をたてて下唇を引っ張るようにしてから、要さんが解放してくれた。

 やっと空気吸えた。

 息が上がってはふはふしてるけど、寂しくて体をねじって要さんに抱きついた。


「苦しかったら、ちゃんと言わなきゃ、ダメだよ」

「やだ」

「なーっちゃん」

「だって止めたくない」

「ああ、もう、ホントにどうしてくれよう。デレたらかわいいはずだと思ってたけど、ホントにかわいい……」


 要さんがノーミソ溶けてるんじゃないかなって、謎の発言をする。

 しながら、オレを宝物みたいに抱きしめて、耳や首元にキスをくれる。

 腕の中にオレを閉じ込めて、ゆらゆらと体を揺らしながら、背中を撫でる。


「要さん……?」

「なっちゃんは今は何も言っちゃダメ」

「なんで? 気持ちよくて、眠くなっちゃうじゃん」

「うん、だからね、なっちゃん今すごい疲れてるから、一回休憩」

「やだ」

「大丈夫、ずっと一緒にいるから。だから、今は俺の忍耐力、試さないでね」

「……やだ」


 子どもみたいにあやされてる。

 嬉しくて気持ちくて、悔しいから、要さんにすりすりってした。


「ああ、この耐久試験はきびしいなあ」


 要さんはそう言いながら、くすくす笑う。

 笑いながら、オレをあやす。

 ヨレヨレのボロボロだから、今は寝ろっていう。

 オレはせっかく要さんとベッドの上で、もったいないって思ってるのに……なのに、気持ちよくて瞼がおちる。

 この数日、ホントに怖かったんだ。

 どうしたいいのかわからなくて、見つかったらどうしようって思っていた。

 不安で眠れなくて、眠っても眠りが浅くていやな夢見て。

 でも、もう大丈夫なんだ。


 要さんが好きって言ってくれた。



 暖かくて気持ちよくて、幸せ。

 幼いころ実家で昼寝してて、目が覚めそうなとき、こんな感じだった。

 気持ちよくてこのままが良くて、でも起きたらもっと楽しいような気がして、周りの音がふわふわ聞こえてくるのを、聞くともなく聞いていた。


「ああ……そうなんだ。うん、大丈夫、保護した。ヨレヨレだったから、今は寝かせてる……いや、そこでそれは鬼畜でしょ? 酷いねお前……お前の中で、俺はどんな酷いやつなのよ?」


 タバコくさくて、でも手触りだけはパリッとして気持ちがいいシーツ。

 聞こえてくるのは要さんの声で、あれ? って思いながら、うっすら目をあけた。

 シーツは見えるけど、いない。

 声はするのに、要さん、見えない。

 手を伸ばして探ったら、すぐに大きな手がオレの手を握ってくれた。

 ふふふ。

 よかった。

 嬉しくて、ふうって息をついて、また目を閉じた。





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