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第14話 契約内容

 阿呆ですか。

 自分の置かれた状況を、自分で整理して、オレは自己嫌悪でしょんぼりする。

 朝ですよ。

 さわやかに朝だってーの。

 要さんに起こされて、ホテルをチェックアウトした。

 現在、要さんが運転する車の助手席に納まっております。

 これから要さんの家に行って俺の荷物を置いて、どっかの店でモーニングとって朝飯にして、一緒に出社の予定です。

 一応、要さんが山内さんを撃退したとはいえ、まだ山内さんの出方がわからないので、念のために、オレは要さんのところに居候するのだそうです。

 オレが寝こけている間に、要さんがいろいろと手を回してくれてた。

 嬉しくて情けなくて、損した気分で、オレはしょんぼり中。


 呼び方や呑みに行く約束のひとつ、一挙手一投足、気になってどうしようもない人と気持ちが通じて、ベッドの上だったていうのに!

 そんな美味しいシチュエーションだったというのに!

 いくらヨレヨレだったからって、よしよしと抱っこで寝かしつけられて、気がついたら朝って、成人男子としてどうですかっ?!


 色々と迷惑かけた。

 たくさんオレのために考えてくれた。

 なのに、オレが主に考えちゃうのはそんなことばっかりで、どんだけ浮かれてるんだよって、セルフ突っ込みもしちゃうよね。

 阿呆ですか?

 ねえ、オレ、ただの阿呆?


「なっちゃんの寝顔がかわいくて、ついうっかり愛でちゃったんだよね……気がついたら、俺も寝ちゃってて。ごめんね。そんな拗ねないでくれると嬉しいな」


 要さんはすごくきらっきらの笑顔で、ハンドルを握りながらそう言った。


「拗ねてないです」

「じゃあ怒ってる?」

「自分に」

「なんで?」

「情けなくて、自己嫌悪中です」


 そう言ったら、要さんはぶふって噴き出した。

 笑わなくてもいいのに。

 むうってしてたら、赤信号でひっかかった時に、くしゃって髪に触ってくれた。


「なっちゃんは自分に厳しいんだよねえ」

「だって」

「うん、いいよ。その分、俺がなっちゃん甘やかすから」


 要さんは楽しそうにそう言うけど、言っていることがよくわからなくて、首を傾げた。

 ポンポン、とオレの頭を撫でて、要さんは両手でハンドルを握る。


「あとで、長友から詳しい説明があるけど、今日からなっちゃんに頑張ってもらわないといけないんだ」

「はい」

「ホントはさあ、俺もやっと思いが通じたわけだから、このままバックレてなっちゃんを愛でてあれやこれやいろいろエロエロとしたいわけなんだけどね」

「ほえ?」


 今、要さんが変なこと言った。

 耳の中、通過してった。

 まじまじと顔を眺める。

 要さん、昨日からホントに時々、ノーミソ溶けてそうなこと口走ってるんだけど。


「お互い大人だし、節度とけじめは必要ってことだよね。あと、多分、長友の言うこと聞いた方が、なっちゃんの気が楽になると思うので、俺が折れました」

「はあ」

「だから、山越えたらご褒美ちょうだいね」

「ご褒美?」

「うん。キリがつくまではキスだけで我慢するからさ、落ち着いたら、なっちゃんと最後までしたい」


 ぎゃ~!

 嬉しいけど!

 そんなの、ご褒美とか言わずに、すぐにでもって気分なんだけどっ

 要さんが壊れた!

 ぼぼぼって、顔が赤くなったのが、自分でもわかってひゃ~ってなった。

 横目でオレを見た要さんが、笑って言った。


「なっちゃんまっかっか! ああ、ホントにかわいいなあ~」






 出社したオレを待ち構えていた長友部長は、ものすごく難しい顔してた。

 昭和のお役所スタイルで、にこにこしてるのがデフォルトの人なのに。

 井上さんに挨拶する間も惜しむように、即、会議室に連れていかれたら、社長がいた。

 なんていうんだろう、いたずらが見つかった子どもみたいな顔してるなって、思った。


「おはよ、北島くん。体調はどう?」

「おはようございます。おかげさまで、よくなりました」

「それはよかった」


 にこにこというより、へらへらと笑う社長に向かって、長友部長が冷たく言い放つ。


「座って」

「ハイ」


 どっちが偉いんだかわかんないんだけど……と思いながら、オレも指されたとこに座る。


「まだるっこしいことしてる時間が惜しいから、サクッと説明すると、ここにいる社長という役職のバカボンが、暴走してね」

「はあ」

「元々出ていた話ではあるんだけど、社員が抱えている仕事を共有する仕組みを作ろうとしたわけだ」

「悪い話じゃないだろ?」

「話としては悪くはない。けど、お前が暴走して、勝手に契約結んだのは、悪い」


 つまり?

 なんかのシステムを作ろうという話が出ていたのを、社長がどっかの会社から、いきなりパソコンとプログラムを買っちゃったってことらしい。

 それも、独断で。

 第二資材室に置かれたハイスペックのパソコンがそうなのかなって、気がついた。


「なんでサインする前に、こっちに契約書見せないんだ……いい加減、学べよお前」


 ぞんざいな口調で説教しながら、長友部長は眉間をマッサージしてる。

 ええと?

 すごく社長の扱いが雑なんだけど、どうなってるんだろう?

 一緒に会議室に入ってた要さんの顔を見たら、しょうがないなあって説明してくれた。


「社長と長友は、幼馴染だからね、普段はこんな感じなんだよ」

「え? でも、長友部長は要さ……常務が引っ張ってきたって、井上さんが……」

「そう。社長は俺の学生時代の先輩でね、こういう人でしょ。会社が会社として成り立つには、引き締める人が必要だから、長友に来てもらった」


 前に聞いた。

 まかきゃらやの前身は、学生時代の『何でも屋』だって。

 バイト気分で楽しく続けてきたけど、だんだん人が増えて取引も大きくなってきて、ちゃんと会社にしなきゃいかんだろうって、話し合ったんだそうだ。

 社長は元気いっぱいな人。

 他の人をやる気にするのは上手だし、挑戦させるのも上手い。

 皆が『社長~!』ってついていきたくなる人だけど、事務仕事というかアフターケアというか、そういう細かいとこはさっぱりダメな人、なんだそうだ。

 それで、そこをフォローしてくれる人を探していて、ちょうど職を探していた長友部長をスカウトしてきたらしい。

 オレの時とよく似た経緯。


「今回は久しぶりにやらかしてるよ、お前」

「ハイ」

「しかも、芳根くんも雇っちゃったでしょ……独断止めろって、あれほど言っておいたのに」


 芳根くん?


「え~だってパソコンできるって言ってたしさあ、話してたら詳しそうだったから、任せられるかなって」

「パソコン業務のジャンルは広いって、この間、確認したとこだろうが」


 まあいいや、と長友部長はオレに向き直って、見慣れた仕様書をオレに差し出してきた。

 何?

 さっき言ってたプログラム?


「北島くん、これ、どう思う?」

「どう、とは?」

「うちの社に使えるかな」


 受け取ってさらっと目を通す。

 基本はカレンダー機能の応用。


「詳細をじっくり見てないですけど……手を入れれば、使えないことはないと思いますよ。ただ、どこまで手を入れるかとか、どれくらい費用や時間がかかるかとかは……」

「なるほど。それ、君に割り振ったら、できる?」

「オレが作業するってことですか? 今してる他の仕事を、他の方に任せていいなら……」

「うん、それは手配する」

「第二資材室のあれ、環境整えてもらえれば、できます」


 オレの返事に、社長が目を丸くした。


「え?」

「……え?」


 えって何?


「できるの?」

「できますよ」

「だって、芳根くんはそれ見た瞬間『なんですかこれ』って、言ってたよ?」


 ああ。

 社長の反応の理由がわかって、オレはちょっと笑ってしまった。

 井上さんと同じ誤解だ。


「同じパソコン業務でも、プログラムと事務作業は全然違います。オレはこっちが本業です」


 よかったー、と、天を仰ぐ社長の頭を、長友部長がペシン、と叩いた。

 ええ? 叩いちゃうんだ。

 それにしても、なんでこんなことに?

 こういう最終調整は、ホントは売り込んだ方がちゃんと持つはずなのに。


「契約書に、調整作業については何も書いてなかったんだよ」


 要さんが、困っちゃうよねって指で契約書をはじく。


「何も?」

「そう。パソコン本体とプログラムだけの料金で、調整とか環境整えるのとかは、別料金扱いだった」

「それは……」


 山内さんがしているのと同じような、結構グレーゾーンの売り方。


「よくあるんだよ」


 静かな顔で長友部長がオレを見て言ったから、話は伝わっているんだって察した。


「プログラマーの派遣が別料金にできれば向こうはその分儲かるんだから、そうしたくなるのは当然。契約書に明記されていて面倒を見てくれなかったら、詐欺だって言えるけど、でも書いていないのだから、こっちの手落ち。こっちで何とかしなきゃいけない。そういうとこまできっちり読み込んでの契約なのが、本来の契約の結び方なんだ。なのに、この、バカ社長が!」

「よくあること、なんですか……」

「そう。腹の探り合いというか、騙し合いに近いよね。でも、そういうものだ」


 ああ。

 オレ、山内さんの仕事を手伝っちゃって、詐欺の片棒担いじゃったのかもって、怖かった。

 でもそういうことじゃなかった。

 あれはそういうものなんだ。

 そういえば大野も、山内さんのことは悪く言ってたけど、オレが手伝ったことは何にも言ってなかった。

 逆に、山内さんにいいように使われるなよって、心配してくれてた。

 だから、この仕事オレが引き受けたほうが、オレの気が楽になるって要さんは判断したんだ。


 オレは、ホントに、モノを知らない。

 全然まだまだだなあ。






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