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第26話 春になりました

 秋口から何故だかシュンが忙しくて、年末年始も珍しく一泊二日で早々に帰っていった。

 その間にシュンとひーさんの間で、何かの協定が結ばれていたらしい。

 テルさんが呆れたみたいに怒っていて、ひーさんの態度が軟化してた。


「変な気を回さなくていいから、またおいでね」


 正月休暇の終わりに、テルさんはシュンにするようにおれの頭を撫でて、そう笑ってくれた。

 休暇明けは珍しいことにおれも仕事が立て込んでいた。

 重なる時は重なるもので、チュンも人事異動があったとかで呼び出しがなかった。

 だからカレンダーをめくるまで気がつかなかった。

 めくったら四月だったんだ。

 春になってたんだよ!

 別に何をするわけではないけど、何だか損をした気分。

 いつの間にやら桜のシーズンは終わっていて、見上げる空は青く澄んでいて、空気が甘くてハナミズキの花が咲いていた。

 やっと時間が空いたから会おうよと、シュンから連絡があったのは、もう少ししたらゴールデンウィークだよってくらいの、中途半端な時期。

 スマホ越しで聞くシュンの声は、いつの間にか、元気だなあっていう感じの声じゃなくて低く優しい声に変っている。


『あそこのショッピングモールの入り口にさあ、コーヒーショップあるじゃん、いっくんわかる?』


 テルさんとよく似ているけど、シュンの方が少しクリアではっきりしているように聞こえる声。

 当たり前のように指定された待ち合わせ場所は、チュンともよく利用するところ。


「わかるけど、珍しいな。なんでショッピングモール? なんか欲しいものでもある?」

『じゃなくて。門限あって、じーちゃんとこまで足延ばしてる時間の余裕ねえの。帰りがきつい。できるだけゆっくり、いっくんといたいしさあ』

「門限?」


 シュンの口から懐かしいけど、普通にはあまり聞かない単語が出てきて、驚く。

 寮で生活していたら重要事項だけど、普通の家庭ではあんまり聞かないよね。

 実家に戻ってからも、あまりご両親からは構われていなさそうだったけど、その間だって聞いたことなかった。

 塾だ部活だって、家に寄り付いていなさそうだったのに、聞かなかった単語だ。


「門限って、今更?」

『あ、言ってなかったっけ? オレ、高校は外部受験したんだよ。それで、全寮制の学校にうつったの。そこの門限がきつくてさあ』


 ってシュンの口から出たのは、おれが通っていた学校の、懐かしい名前。

 えええええ。

 そうか。

 いつの間にか中学生じゃなくなってんのか。

 忙しいって言っていたのは、受験と進学のせいだったんだ。

 シュン、高校生になったのか。


「じゃあシュン、おれの後輩じゃん」

『うっそ? マジで?』

「ホント、ホント。へえ、そうだったんだ」


 だからあのショッピングモールが指定されるんだって、腑に落ちた。

 寮から出かけやすい場所の中では一番大きくて、今、おれが住んでいるところに近いんだ。

 時間と大体の目印の場所を決めて、電話を切った。

 そうか。

 もう、シュンも高校生なんだなあって、改めてしみじみしてしまうよね。

 だって出会った時は小学生だったんだよ。

 おれがシュンの姿を思い出す時は、なぜか今でも、あの頃の窮屈そうにランドセルを背負った姿なんだ。

 本人にそれを言ったらきっと、ワンコがしっぽを下げちゃったみたいな感じでしょんぼりするだろうから、言わないけどさ。



 待ち合わせにはおれの方が早く着いたので、シュンを待つ間に空を眺める。

 今日は薄曇りだけどどんよりうっとうしいほどじゃなくて、ちょうどいい具合に紗がかかっている感じ。


「いっくん!」

「おー。おはよ、シュン。久しぶり」


 慌てなくてもいいのに、オレを見つけたシュンは走って近寄ってくる。

 その様子は昔と変わらなくて、やっぱり大型犬みたいだなあって、思った。

 合流して、文具売り場でノートを買うっていうからついて行って、家電売り場を冷やかして、フードコートにたどり着く。

 昼には少し早いけど混みそうだからそのまま昼飯にしようかって、なった。


「いっくん、またそういうのを……」


 時間ギリギリでモーニングセットを扱っている店があったので、ロールサンドとコーヒーのセットを買って席に戻ったら、チュンが眉を寄せた。


「いや、おれにはこれが丁度いいんだって」

「テルちゃんが心配するのもわかる」


 そういうチュンが買ってきたのは、がっつり定食のプレート。

 はあってわざとらしく溜息をつきながら、シュンは自分の皿からおれにおかずをよこそうとする。

 待て待て。

 慌てておれは増量されるのを阻止した。


「いや、おれ、成長期終わってるからね。お前と同じだけは、食えないからね」

「それでもさあ、もう少しなんか食えるでしょ?」

「足りなかったら追加する」

「って言って、してるの見たことない」


 最近、シュンはテルさんによく似てきた気がする。

 でもテルさんの世話焼きなとこは、住職に似てる気がするから、遺伝だ。

 世話焼き一家だ。

 シュンが納得してなさそうなのはスルーして、そのまま食べ始めたら、シュンも諦めたように箸をとった。

 これだけ量が違うのに、食べ終わるのはほぼ一緒ってことが多いんだよなあって思って、シュンの様子を見たら、すごく丁寧にきれいな箸使いで勢いよくかっ食らってた。

 うん、この勢いだもんなあ。


「なに?」

「いや? 美味いか?」

「テルちゃんの飯の方が、好き」


 真顔で当然だろって感じで言うから、かわいいなあってなる。

 ツンデレというかソフトにブラコンだよな。

 そんなシュンの顔が、変わった。

 かって目が見開かれる。

 何だ? って振り返ろうとしたら、シュンの後ろから来た男子高校生らしき人物が、シュンに抱き着いた。



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