「ハルボン、見ーつけた!」
「お邪魔します。おれら、不審者ではないので」
シュンの後ろから来た子に気を取られていたけど、おれの後ろからも別の子が来ていたようで、隣の席に当たり前のように人が座っていた。
シュンに抱き着いているのは、今どきの言葉で言ったら『チャラい陽キャ』って感じの元気そうな子で、おれの隣に座ったのは眼鏡のおしゃれさん。
「不審者だろう? どう見ても不審者だろう! 何しに来た、お前ら!」
むきーってシュンが歯をむいた。
盆を移動させているから食器をひっくり返さないように配慮しているのかと思ったら、どうも食べ物を守っているらしい。
おれは見てるばっかりであんまり経験しなかったけど、この距離の近さも食べ物の扱いも、男子校あるあるな風景だね。
だけどなんだかひっかかる。
きっとシュンが耳慣れない呼ばれ方をしているせいだろう。
「はるぼん?」
「ハルボン」
眺めながら首をかしげたおれに、うんうんと頷いて、眼鏡君はシュンを指す。
「名前がはるあき、でしょ。それで、色んなことで反応がかわいくて『お前はどこの坊ちゃまだ』って先輩が言ったので、ハルボン」
ああ。
なるほど。
理由があるようなないような、あの学校らしい愛称。
「オレは認めてない!」
「定着してるんだし諦めなって」
そういえばシュンが同じ年頃の子といるのは、初めて見た。
抱き着かれたシュンはむきになって引きはがそうとジタバタしていて、その様子が新鮮だなあって思った。
「まあ、学生時代のあだ名って、そういうものだよね」
身に覚えがあるなあって頷いたら、シュンがピタッと止まった。
「そうなの?」
「うん。チュンもそうだし、おれもそうだよ」
「チュンって……いつも言ってるチュンさん?」
「そう。あいつ、苗字に『雀』がつくんだよ。それで小柄でにぎやかだから、チュンチュン。略してチュン」
理由はあるようなないような感じだし、嫌がれば嫌がるほど定着するしね。
多分シュンはこれから高校時代の知り合いから、何年たっても『ハルボン』って呼ばれ続けるんだと思う。
その時はわからなくても、今となるとくすぐったくて優しい思い出と一緒になる。
「いっくんは? なんて呼ばれてた?」
「ん? おれ? ぶー。今でもチュンはそう呼ぶよ」
そう言った時の、高校生たちの表情は、とても久しぶりに見るものだった。
ぶーっていう音から連想されるのは、破裂音を出しながら飛ぶ風船とか、ふくよかな体型だっていうのは知ってるから、改めて言わなくていいからね。
「おれの苗字『うぶかた』だから。印象に残った音が『ぶー』だったらしいよ」
「あ~」
そのたくさんの感情が入った三重唱は、まあそうだよねって感じのものだった。
もう、充分わかっているから、それ以上の反応はいらないからね。
「だいたいさ、なんでお前らここにいるわけ?」
「そりゃあ、ハルボンが外出届を出してたから」
「はぁ?」
おれの顔を見たシュンが、ちょっと肩をすくめてから話題を変えた。
高校生たちは、元気。
おれはテルさんといる時のシュンの印象が強くって、シュンは甘えん坊というか末っ子気質が強いんだと思っていた。
だから、同級生たちと一緒にいる時のシュンがとても不思議。
突っ込み係というか、アニキっぽいというか、頼られている感があるっていうか、そんな感じ。
でもよくよく考えたら、テルさんに似ていてシュンもたいがい世話焼きだから、そういうポジションになるのは当然なのかもしれない。
そうか。
関家の人たちは家族レベルで世話焼きだから、シュンの世話焼きはデフォルトなんだな、きっと。
「なんでおれの外出届が関係あるんだよ」
「サッキーが『あいつ、この間告られてた殿女の子とデートなんじゃね?』って言うわけよ。したら、気になるじゃん」
「ならねえわ。しねえわ。ふざけんな」
定食のおかずを守りながらうだうだと絡まれながら、ショッピングモールのフードコートで、わあわあと会話しているのを見ると、微笑ましいというか懐かしいというか。
自分の年齢感じちゃうよね。
パンを食べきってコーヒーを飲みながら、高校生たちを眺める。
でもって、自分がこの年齢の時はどうだったかなあって考えてみた。
うん、考えるまでもなかった。
今この時間としていることは全く一緒。
わあわあと騒ぐチュンや同級生を、元気だなあって思いながら眺めていたんだった。
変り映えのしないおれ。
「あ、すいません、騒がしくて」
気がついたように眼鏡くんがおれに頭を下げる。
「いいよ。懐かしくて、珍しくて、面白い」
「いっくん、珍しいって何?」
「お前が同級生といるの、初めて見たからさあ……高校生だなーこんな感じなんだーって」
「ああ、そう」
聞かれたから答えたのに、シュンが拗ねた顔をする。
「ええと、お兄さん? あんまり似てないけど……」
シュンに抱き着いていた子がおれを見てから、シュンに聞く。
「違う。ウチのアニキはオレよりでかい」
「って、言ってたよね? じゃあこちらは? あ、マジですいません。ついうっかりいつもの調子で……めっちゃお邪魔しましたよね」
抱き着いていた子も慌てたようにシュンの横に座って、頭を下げてきた。
勢いで騒いでも、気がついたらちゃんと軌道修正していて、いいこだなあって、思う。
「ホント、めっちゃ邪魔」
「邪魔なんてないよ」
シュンと声が重なって、あらま、ってなった。
ダメだろう友達に邪魔だなんて。
そう言いたい年頃なのはわかるけどさ。
「生方郁です。シュ……春暁とは……遠い親戚……みたいな? おれが彼のおじいさんにお世話になっていて、今日は久しぶりにご機嫌伺いに来ただけなんだ。いつも春暁がお世話になっています」
大人として当然でしょうっていう挨拶をしたら、シュンが不機嫌な顔になった。
わかるわかる。
おれもチュンとテルさんが挨拶しあってるの、めっちゃ困ったもん。
「いっくん、それやめて」
「挨拶は大事だろ」
「違う。シュンでいい」
不機嫌の理由が意外な方向で、驚いた。
おれが親戚ぶって挨拶するのを嫌がっているのかと思ったのに。
「あれ、そっち?」
「わかっているくせに」
友達の前で隠そうともしないで、シュンはいつもの感じで拗ねてみせる。
そうだね。
知っているよ。
「知っているけど、おれはお前の名前好きだよ?」
「うん、知ってる」
頷く姿は、かわいいなあって思うくらいに素直。
友達があんまり驚いてないのを見ると、きっと、学校でも寮でもこうやって上手に歳上に甘えているんだろう。