「ミルキー。レオンに負担をかけるんじゃない。ほら、寄りかかろうとしない」
バーレがミルキーを制止してくれた。ミルキーが可愛らしく頬っぺたをぷくぅと膨らませている。
ミルキーがバーレに抗議の声をあげているが、こちらとしては胸を撫でおろした。バーレがミルキーの相手をしてくれている間にシーツの中へと女神のエッチな本を隠す。
その後、バーレにハンドサインで愚息がとんでもないことになっていることを伝えた。
バーレがこちらにウインクしてくれた。さすがはヒップブラザーだ。こちらの気持ちを察してくれたようだ。
「男子三日会わずは溜まりまくって愚息が大暴走。ミルキー、男の愚息事情ってもんを考慮してやってくれ。お前、美少女の部類なんだからさ?」
「えっ? 愚息が大暴走って何?」
「あーーー。そういうのあんまりよくわからないのかーーー」
ミルキーがきょとんとした顔つきでバーレに教えてほしそうにしている。バーレが困り顔となっていた。
そんな2人を置いておいて、花束をベッドの横にある小さなテーブルに置いたエクレアがこほん……と咳払いした。レオンの意識はエクレアへと持っていかれることになった。
「勇者様。抜きたくなったら言ってください。手は貸しますので」
「やめろっ! その台詞と仕草だけで発射しそうになったわっ!」
さすがは見習い勇者とお付き合いした経験があるエクレアである。男の愚息事情について、ミルキーより1万倍詳しそうであった。右手を軽く丸めて、その右手を上下に振っている。
レオンは女神からもらったエッチな本で股間を抑えつける。これで暴発は防げるであろう。
その後、レオンは改めて、仲間たちから三日間、まったく目を覚まさなかったことを告げられた。
毎日のように見舞いにやってきていたと教えてもらった。その度にエクレアが回復魔法をかけてくれたそうだ。
「勇者様。お医者様が言うには魔法で身体の傷は癒えても、魔力切れも相まって、身体が休息をほしがっているんだろうって言ってました」
「エクレア。回復魔法以外に変なことしようとしなかった?」
「……」
「何その無言!?」
「チッ……バーレさんがいなければ!」
「バーレ、マジでありがとうなっ! 俺はすけべだけど、初めての相手はしっかりと自分の意思で決めたいから!」
「おう、感謝しまくってくれ。お前の見舞いのはずなのにエクレアの監視をやらされ続けたぜっ! おれっちはレオンの貞操を守るぜ!?」
それからはお互いに竜皇戦での活躍を褒めちぎりあった。1番に盛り上がったのはやはり、ニンゲン大砲で撃ち出された時の皆のコンビネーションであった。
バーレが竜皇の咆哮を大盾で防いだ。エクレアの援護を受けて、ミルキーが氷魔法による一撃で竜皇の防御結界を破壊してくれた。
間髪入れずにレオンはドラゴン・バスターの一撃を竜皇自身にお見舞いして、奴の身体に傷をつけた。
これ以上ない、完璧な連携攻撃であった。感慨深さで胸がいっぱいになってしまう。そんな自分に対して、バーレが竜皇の珠玉を手渡してきた。
ひんやりとした冷気を纏っていた、その珠玉は。リンゴくらいの大きさだ。この珠玉の重さが自分の成し遂げた偉業のすごさを伝えてくれている気がしてならなかった。
「レオンはすげえよ。おれっちも精進しないとなっ!」
「ダッチ、お前もすげえよ。普通ならあの場から逃げても誰も責めないって。でもお前は戦士だった。俺はダッチと仲間になれたことが誇らしく思うぜ?」
「えっ……ダッチ? レオン、何言ってんだ? おれっちの名前はバーレだぞ?」
「ん? ダッチこそ何言ってるだよ。お前はダッチで間違ってねえよ。最高の戦士……あああ!? バーレ、ダッチ!? お前はぁぁぁ!」
混乱するレオンを他所に竜皇の珠玉はさらに冷気を噴き出した。身体が冷えるというのに心の奥底からマグマのような熱すぎる感情が湧き上がってくる。
脳内にある屈強な戦士ダッチ。目の前にいる褐色肌の戦士バーレ。2人の戦士のイメージが交じり合った。さらに視界が歪む。
「ダッチ? バーレ? お前は誰だ!?」
「だから、おれっちはバーレって言ってんじゃーん!」
レオンは記憶が混濁している自覚があった。そして、答えを求めるべく、褐色の戦士の横に立つ金髪から
「アイリス。教えてくれっ!」
「ちょっと、レオンさん、どうしたの!? 私はミルキーよっ! 落ち着いてっ!」
「きみはアイリスだろ!? 俺が間違っている?」
レオンは何が正しいのかわからなくなった。だが、褐色肌の戦士に対する怒りだけは本物に思えた。だからこそ、ベッドから飛び出して、褐色肌の戦士に襲いかかった。
だが、こちらは病み上がりだ。あっさりと組み伏せられてしまった……。
「落ち着け。ここはゆっくりと深呼吸だ」
「ヒーヒーフー! ヒーヒーフー!」
「バカかよ! それはラマーズ方だろうがっ!」
「あっ、間違えたっ! うっふ~~~ん、あっは~~~ん」
褐色肌の戦士に抑えつけながらも、ゆっくりと深呼吸した。その甲斐もあって、混濁した意識はすこしずつクリアになっていく。
落ち着きを取り戻したレオンはバーレに肩を貸してもらい、ベッドに腰掛けさせてもらう。さらにはミルキーが透明なコップを手渡してきてくれた。
その中身の水をゆっくりと飲み干し、もう一度しっかりと深呼吸した。
「落ち着いてきた……ごめんな。たまに誰かの記憶が俺の頭の中を駆け巡るんだ」
「レオンさん、何かの持病なんです?」
「わからないんだ。思い出そうとしても、今になってはもうその記憶がまったく蘇ってこない」
「そう……なんですね。でも、見ていて辛そうな記憶っぽいし、無理に思い出そうとしないほうがいいのかも」
「ミルキー、心配してくれてありがとう」
「はい。レオンさんに何かあったら、おねだりしづらくなるんでっ!」
「こいつぅぅぅ!」
ミルキーの本気か冗談かわからない発言に振り回されっぱなしであった。だが、それでも、自分を気遣ってくれているのは伝わってくる。
(仲間っていいな。俺、本当に良い仲間に巡り合った。女神様、この出会いに感謝します)
・女神からのコメント:わたくしを褒め称えていいのよ~~~。あっ、ごめん、レオンくん、急用が出来たから、少し離席するね?
(えっ? 女神様、なんで? すごくわざとらしいんですが!?)
女神に問いかけたが、女神からの返答はない。何かが起きる前触れのような気がしてたまらない。
レオンは構えた。何が起きようが対処できるようにと。しかし、レオンは病み上がりだ。次に起きたことにまったくもって対処できるはずがなかった。
シヴァ犬のポチが床に転がっていたエッチな本を読み漁っていた。尻尾をブンブンと嬉しそうに振り回している。
喜びを身体いっぱいに表現しているポチを見てしまったミルキーが腰を屈めて、何を読んでいるのかとばかりにその本に顔を近づけていく……。
「バーレさん。ポチが床に落ちている本を読んでるけど……」
「ん? ミルキー、何か言いづらそうに……って、うほぉ! なんだこのエッチな女神様ぁ!」
「不潔です! 冒涜です! 誰ですかっ! 女神様の水着ピンナップイラスト集なんか作ったのはっ!」
バーレがシヴァ犬のポチからエッチな本を取り上げて、鼻息を荒くしていた。エクレアは苦々しい表情となっている。
このままではエッチな本はエクレアの手によって焚書されてしまう。レオンはベッドの上で慌てふためくことになった。だが、バーレは男前でレオンの全面的な味方だ。
「誰が届けてくれたかはわからんが、今のレオンには必要な栄養素なんだ。エクレア、わかってやれよ」
「そう……ですね。勇者様もそういう年頃ですものね」
エクレアが怒りを収めてくれた。これによりエッチな本が焚書される危険は去った。だが、エクレアが何も言わずエッチな本をベッドの上にそっ……と置いてくれた。
エクレアは困り顔になりながらも、こちらの気持ちも汲み取ってくれる表情を見せてくれた。
(やめてください。それは逆に青春真っ盛りボーイを傷つける行為です)
こういうときはキレイさっぱり忘れるのも手だということで、ベッドの上に横たわり、さらには頭からシーツをかぶった。
手だけはシーツの外へと出して、ベッドの上に置かれたエッチな本を手に取る。それをシーツの中へと隠す。
ポチもベッドの上へと乗ってきた。そして、シーツの中へと入ってきた。レオンはポチを抱き枕にしつつ、女神のエッチな本を読み、心を落ち着かせることにした……。
◆ ◆ ◆
落ち着きを取り戻したレオンはポチとともにシーツの中から頭を出す。ミルキーたちから街の様子を聞くことになった。
リゼルの街の北西地区は瓦礫の山となったが、それでも人的被害は最小限に抑えられたようだ。レオンは心から女神に感謝した。
「安心して。レオンさんが竜皇を雷魔法で撃ち落としたってことはどうにかごまかしておいたわ」
「うわぁ! ミルキー、ありがとう!」
「迷惑料として、私、魔法使いのローブだけじゃなくて、魔法使いの帽子もほしいニャン♪」
「ぐっ! 待ってほしい! ミルキーたちが尽力してくれたのはありがたいんだっ。でも、それだけじゃ足りないんだっ! 俺はミルキーと同じく欲しがりさんなんだぁ!」
「えーーー?」
ミルキーの声音は明らかに嫌そうだった。それはそれで傷つく。でも、ここで引いてしまうのは男としての矜持に関わることだ。
女神は自分にエッチな本をプレゼントしてくれた。エクレアは頼めば胸くらいは揉ませてくれるだろう。
しかし、ミルキーは何かと言葉だけでごまかそうとしている節をばりばりと感じる。そろそろ、物理的なご褒美が欲しくてたまらない。
「ミルキーさん、俺は男なんです! 見返りが欲しくてたまらない愚かな青春ボーイなんです!」
「えーーー?」
「頼みます! 俺にお恵みをくださいっ!」
「私との買い物デートって、それだけで十分なご褒美だと思うけどぉ?」
「それはそれで立派なご褒美です……。でも違うんですよっ! ほらこう……お肌とお肌の触れ合い? ってやーーーつ! それが欲しいんですぅぅぅ!」