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出征前日

 駐屯地の中でも豪華な天幕に入ると、見知った顔が2つあった。もちろん片方はマリウスだ。そしてもう片方はマリウスの同僚氏である。二人共なかなかに豪奢な服を着て、俺の高級モデルのショートソードを佩いている。天幕の中には他の人間はいない。


「よく来てくれたな、エイゾウ」


 マリウスは右手を差し出した。俺はその手を取る。


「なに、実入りのいい仕事だって聞いたからな」


 俺は笑いながら言った。伯爵に対するには気安いが、俺の他には同僚氏しかいないし、マリウスの態度から多分ある程度は話してあるんだろう(流石に家宝を新造したとは言ってないと思うが)と推測してだ。


「そちらもお変わり無いようで何よりです」


 マリウスとの握手を終えた俺は同僚氏に向き直って言った。


「ああ。久しぶりだな」


 同僚氏も俺に右手を差し出した。俺はその手を取りつつ改めての挨拶をする。


「エイゾウと申します。ご存知とは思いますが、鍛冶屋をしております」

「俺はルロイだ。今はマリウスの副官をしている。改めてよろしくな。あと、俺にもそんなに丁寧にしなくていいぞ。立場的にはそう変わらん」

「では、遠慮なくそうしよう」


 ルロイの許可を得たので、この3人の時には気軽に接することにした。元々顔見知りだし、お互い気楽な時を知っているからな。


「それで、今回は修理のみということだったが、それで正しいか?」


 俺はマリウスに尋ねる。


「ああ。道中は仕事が無いだろうが、向こうについてからは傷んだ武具の修理を頼むことになる」

「報酬は?」

「遠征中の飯がこっち持ちなのと、普通の兵士の遠征時の手当、それと武具を1つ直すごとに歩合で報酬を出す」


 次に答えたのはルロイだ。


「ほほう」


 悪くない条件である。普通に仕事するよりは稼げないと意味がないのは、俺であろうとなかろうと関係ないから、こういう条件なんだろうな。俺だと直すのも早いだろうから、歩合も一般的な鍛冶屋より多く貰えそうなのが普通とは少し違うところだ。


「直した数の勘定はどうするんだ?」

「補給部隊付きの文官が行う。補給物資の出入りはそいつが担当してるからな」


 今度はマリウスが答える。


「なるほど、了解した。最後に、出発はいつだ?」

「ちょうど昨日に一通りの訓練を終えたところだ。今日は1日休みにしてある」


 それで訓練なんかの音が聞こえなかったのか。


「なので、明日ここを発つ」

「わかった」


 これで事前の確認は完了だ。後はもう出発を待つのみか。

 マリウスが兵士を1人呼び、俺を天幕に案内するよう言いつける。俺はその兵士に恐縮しながら、他の補給隊と共同生活を送ることになる天幕に送り届けてもらった。


 補給隊天幕は中々に大きかった。近くには馬車と馬が別々に繋がれている。少し離れたところに簡易かまどがしつらえてあり、蒸気を立ち昇らせていた。

 俺はここまで案内をしてくれた兵士にお礼を言って、先ずはかまどのところに向かう。そこには恰幅のいい口髭のオッさんが2人の若者と一緒に、鍋と格闘していた。


「補給隊に招聘された鍛冶屋のエイゾウです。どうぞよろしく」


 邪魔になるかと少し心配しながら大きめの声で声をかける。


「おう! 俺はコック長のサンドロだ! あっちがマーティンとボリス! 飯は俺たちが面倒見てやるからな!」


 俺の心配は杞憂だったようで、サンドロが若い方の2人――背が高いほうがマーティンで低いほうがボリス――を地鳴りかと思うようなデカい声で紹介すると、2人は鍋を混ぜながら会釈した。俺はパタパタと手を振って返す。


「あっちに馬番のマティスがいるぞ!」

「わかりました! ありがとうございます!」


 やはりデカい声で教えてくれたので、俺も負けじとデカい声で返し、馬のいる方に向かった。


 その辺りには馬が何頭も繋がれており、中々の喧騒だ。そんな馬たちの間を背の高い男がのそのそといった風情で歩き回っている。俺は手を振って気がついてもらえるようにした。今度はデカい声だと馬がびっくりしそうで、かわいそうだしな。

 俺が手を振っているのに気がついた男は、やはりのそのそという感じで近づいてきた。


「すみません、お仕事中に。補給隊に招聘された鍛冶屋のエイゾウといいます」

「これはご丁寧に。皆さんの馬車の管理をします、マティスです。今は馬たちの様子を見ていただけですから、お気になさらず」


 背が高くてなかなかのイケメンだが、若干口調が間延びしていて、のんびりした印象をうける。


「ここには騎士さん達の馬はいないのですか?」

「騎士の方々は専属の馬番がいますので」

「ああ、そりゃそうですよね」


 よく考えたら当たり前だった。一定以上の身分の人達は色々と専属がつく。マリウスも、本来は料理人や鍛冶師なんかも専属で付いてもおかしくないのだが、伯爵家の三男坊とは言え衛兵だったからか、みんなと同じがいいと言っているのだそうだ。流石に小間使いと馬番だけは本当に最低限の体面もあって専属らしいが。


「文官の方は天幕にいらっしゃるんですかね?」


 俺がマティスに聞いてみると、


「ああ、あの方は今日は自宅に戻られているかと」

「そうなんですか?」

「ええ。兵士や我々と違って、事前にここに留まる理由があんまりないですから」

「それじゃあご挨拶は明日ですねぇ」

「そうなりますね」


 マティスに一時の別れを告げて、俺は天幕に足を向けた。

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