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策謀

 娘達に一時の別れを告げて、俺たちはいつもどおりにカミロの店の商談室に向かう。

 商談室に入っても、カミロと番頭さんが来るまでには少しばかり時間がある。


「そういえば、アンネの両手剣を打たないとな」


 アンネの両手剣は、〝黒の森〟探索時に出くわした木の魔物を倒すため、斧に打ち換えてそのままだ。

 武器として使えなくもないので一応荷車に積んできてはいるが、やはり剣とは大きく違うので武器としての扱いに難があるのも確かだ。


「いいの?」


 アンネは少し目を丸くした。俺は頷く。


「今回の用件が一通り済んだら、早めにやろう。使い慣れた武器がないのは心許ないだろ?」

「そりゃあね」


 今度は肩をすくめるアンネ。


「あの時は成り行きみたいなものだったし、それも無くなったから作らないかと」

「帰ったら新しく作るって約束もしたんだから、それは守るさ。まあ、後回しにはなったけど」


 森の鍛冶屋としてのんびり暮らしていくつもりが、なんだかんだと忙しない。もう少し「仕事」はセーブして、「やりたいこと」の割合を増やしていくことも検討しないとダメかもしれない。

 しかし、特注の依頼もそうあるものではない……と言ってしまうと、それこそアンネが「父上を筆頭にいくらでも帝国から呼べるわよ」と言い出しかねないので、そこは黙っておく。


「〝いつも〟の間でいいからね」

「片付いたら次の納品こそいつも通りだ。余裕で間に合うさ」


 俺が肩をすくめ、家族に小さく笑顔が出てきたところで、カミロが商談室に入ってきた。


「よう」

「おう」


 俺とカミロは簡単な挨拶を交わし、納品物と買いたい物の確認をする。

 普段なら、納品物を引き渡し、購入物を積んで貰ったら帰宅の途につくわけだが、今日はいつもとは違っていた。


「さて、それじゃあ予め伝えておいた話だが」

「うん」


 俺が頷くと、カミロは口髭をいじった。これはどこまで話していいか迷っている時の彼の癖で、なるべく俺たちを巻き込まないようにとの配慮がそこにはある。


「2~3日ここに残るって話だったが」

「そうなんだ」


 口髭を弄るカミロに、俺が水を向けると、彼は観念したかのように話し始める。


「ま、全部言ったほうが早いな。都でとある企みがあるようだ。それにマリウスが巻き込まれている」


 俺とディアナが腰を浮かせかけ、再び腰を下ろす。

 その様子を見ていたカミロから漏れたため息は、俺たちに向けられているものではなく、彼が今話している内容についてだ。


「外に出ているときに暗殺未遂があった。奥さんの方は家にいて何事もなかったらしいが」


 あの忍者屋敷と要塞を足して2で割ったような家では、忍び込んだり、押し入ったりしようとはそうそう思わないだろうな。


「これは言葉で預かっている。『指輪のおかげだ、大変助かった』と」

「それはなにより。色々と骨を折ったかいがあるよ」


 マリウスと奥さんの指輪には縁起の良い紋様だけではなく、〝黒の森〟の妖精族の長から直々に厄災除けの祝福を授けられている。

 マリウスはそれで難を逃れたらしい。あまり役に立ってほしいものではないが、役に立ったことを今は喜ぼう。


「それが2~3日ここにいる話に繋がってくるのか?」

「こう言っていいのかはわからんが、もちろん」


 カミロは力強く頷いた。


「この2~3日で、下手人を追い詰める手筈になっている。その間に〝黒の森〟のお前のところに行ってしまう可能性があるんだが、そこに人手を割り振ると感づかれる危険性があってな」

「それでこっちに避難の為の滞在を?」

「そうなる。手紙で伝えても良かったんだが、万が一を考えてだ。先週あたりからこの店に貴重品が運び込まれている……ということになってる」


 カミロのその言葉に、ヘレンが口を挟んだ。


「なるほど、殺気はそれか」

「さすがだな」


 カミロが苦笑し、ヘレンが肩をすくめた。


「ヘレンの言ったとおり、貴重品が運び込まれている、という名目で警備を強化した。そいつら全員でもヘレン1人と釣り合うかはわからんが、おいそれと手出ししようとは思わないだろ?」

「そうだな」


 兵を差し向けたのでは目立ちすぎる。それにここは壁外とはいえ、エイムール伯爵の治める街中だ。

 相当に理由がなければ、そんなことをしてあとあと困るのは兵を差し向けたほうである。

 暗殺者であれば、となると今度は警備の人か、その名も高き〝迅雷〟のお出迎えをうけることになるわけで、ここにしばらくいるのは正しいことなのだろう。


 用意していた脱出プランを今回使わないのが、良いことかどうかは一旦置いといて。


「それじゃあ、2~3日厄介になるか」


 俺が言って、家族が頷いていたところで、カミロが小さく笑う。


「まぁまぁ、それだけじゃないんだ。ちょっと頼みたいこともあってな」

「……そんなこったろうとは思ったよ」


 俺はため息をつきながら、カミロの話を聞く態勢を取るのだった。

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