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11、公爵令嬢からお金の匂いがする!

 窓から見える王城の尖塔が夕陽の茜色に染まるころ。

 座学の時間の終わりに、魅力的なお仕事の話が飛び出した。


「女性騎士を優遇する、新人でも構わない、という警護の案件がある。有力貴族であるジャントレット公爵家の令嬢が主催する貴族令嬢たちの茶会の警備だ。ジャントレット公爵令嬢は、今回のみならず、今後も社交関係の仕事や公爵家の仕事を任せられるような同性の人材をお探しらしい」


 わああ、それは物凄くチャンスなのでは。

 なにせ、ジャントレット公爵令嬢は社交界の華。

 王国でも有数の名門、ジャントレット公爵家の血を引く高貴なお方であり、その一族は王国内でも強い発言力を持つ。代々、王家と深い繋がりを持ち、重責を担う家柄だ。


 高貴な令嬢たる彼女は、並ぶ者なき美貌を誇るだけでなく、積極的に社交の場を取り仕切り、華やかな茶会や舞踏会を開催することで名を馳せている。

 若くしてすでに数多の貴族子女を取り巻きに持ち、彼女の誘いを受けることは貴族令嬢たちにとって一種のステータスとも言えた。

 公爵令嬢もその取り巻き令嬢も、末端の貧乏男爵家の娘である私には、縁のない雲の上の世界のキラキラした存在である。


 そんな令嬢が、今後のために同性の騎士を求めている!


 この機会をものにできれば、社交界での地位も築けるし、もしかしたらジャントレット公爵家との関わりを深めることもできるかもしれない。なにより……公爵令嬢からお金の匂いがする! 

 公爵令嬢はお金がじゃぶじゃぶ湧いて来る泉だ。

 飛び込むしかない。


「はーい! ロザリー・サマーワルスです! 活きのいい新鮮な女性騎士です! 貴族社会の礼儀作法も心得ております! とても働き者で有能です! ロザリー・サマーワルスをどうぞよろしくお願いいたします! お仕事がしたいです! お金がほしいのです! 切実に……!」


 大声で熱く自分を売り込むと、お仕事が転がり込んできた。やった!


 ジャントレット公爵令嬢……待っててくださいね。

 今、あなた好みの優秀な女性騎士が参ります。

 どうか私を気に入ってください。そして、お金をください。


 私は帰宅してから日記帳にジャントレット公爵令嬢への想いを書き連ねた。

 読み返すと、自分でもちょっと気持ち悪いポエムみたいになっている。まあ、いいか。


 令嬢たちの楽しいお茶会は、私が守るわ!



 ――『ロザリー・サマーワルスの日記帳』


 ●月△日。


 おお、麗しの気高き花、リセリア・ランダ・ジャントレット公爵令嬢。


 あなたにお仕えする日が、こんなにも待ち遠しい。

 お会いしたことはないのに、あなたの噂を耳にするだけで、胸が高鳴るのです。


 光の中に立つあなたを想うたび、まぶたの裏に金色の髪が揺れる幻を見ます。

 社交界の華、その言葉だけでは足りないほど、あなたは気高く、麗しい。

 王国の貴婦人たちはあなたの名を称え、貴族令嬢たちはあなたの傍に立つことを夢見るのでしょう。

 けれど、私は違う。

 私は、あなたを守りたい。


 あなたの笑みが曇らぬように、

 あなたの優雅な午後に翳りが落ちぬように、

 私は剣を取ります。


 どうか、私にそのお役目をお与えください。

 あなたが微笑む世界を、私はこの手で守りたいのです。


 そして、

 ――どうか、私にお給金をください。騎士道。


 ロザリー・サマーワルス



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ロザリーの依頼を受けたプレドュスは、研究室の奥にある実験台へと足を運んだ。


「まだどこにもない、新しい薬……!」


 錬金術師として、これほど心をくすぐられる言葉はない。

 ロザリーお嬢様の説明は、ところどころ妙に言葉を詰まらせながらだったが、彼女の真剣な眼差しが何よりも雄弁に語っていた。


「じゃがいもの芽を使って、か……ふむ、ソーラニンか?」


 プレドュスは棚から古い書物を取り出し、手早くページをめくる。

 有毒な成分として知られるソーラニン。だが、その毒こそが、使い方次第では強力な治療薬となり得る。


「解毒と適量の調整が鍵になるな……」


 机の上には、すでに用意された薬草や鉱石の小瓶が並んでいる。


 乾燥させたジャガイモの芽を乳鉢で細かくすり潰し、数種の触媒を加える。

 そこに慎重に精製水を注ぎ、時間をかけて濾過することで、毒素の抽出が始まる。


 薬草を加えて毒性を和らげつつ、症状を抑える効果を持つ成分を融合させなければならない。

 手元のフラスコがゆっくりと深い青色に変わる。


「よし……!」


 彼は慎重に試験管に移し替え、小さく息を吐いた。


「これはまだ試作品。安全性を確認するまで、人には使えないな……」


 ロザリーお嬢様の頼みだ。

 失敗するわけにはいかない。


 プレドュスは意気込み、夜空に輝く星々に祈りを捧げた。


「おお、麗しの女神ランダよ! 気紛れなあなたさまのご加護を、どうかこの錬金術師に賜りますよう――なにせこの研究は、あなたさまがお認めになった王族が統治する王国民を救うのですから! 当然、成功してほしいですよね!」


 女神は返事をくれなかったが、プレドュスはふんすふんすと鼻息荒く祈りを切り上げ、作業を再開したのだった。

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