目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第52話 閑話 近衛騎士団長ライラ・3


 近衛騎士団長・ライラは魔の森への道中にある寒村に到着した。彼女の予測では追放された令嬢たちがここで匿われている可能性があるのだが……。


「――む?」


 村に充満するドラゴンの気配・・・・・・・に眉をひそめるライラ。


 普通の人間なら(たとえそれが高位の魔術師でも)気づかない程度の薄い気配だが――彼女には・・・・理解できてしまう・・・・・・・・


「やれやれ。まさか村にドラゴンがいるなんてことはないだろうが……」


 しかしライラには思い当たる節があった。

 20年前、魔の森に現れたドラゴン。そのドラゴンを恐れ、魔の森開拓計画は無期限延期となってしまっていた。

 そして10年前、国王はドラゴンを排除するため、国を訪れていた『勇者』に討伐を依頼。その勇者は聖剣をドラゴンの背中に突き刺したが、取り逃がしてしまった。


 そして聖剣を失った『元勇者』は国王に乞われ、その国に留まり――


(おっと、昔話はそのくらいにして、と)


 少々警戒しつつ、村に足を踏み入れるライラ。すると、ちょうど良く村人と遭遇することができた。見た目は初老。着ているものは比較的上等で、杖を突いてはいるがなるべく腰は曲げないようにしようとする気概のようなものも感じられる。


 その姿から、この村の村長か、それに類する立場の者だろうとライラは見立てる。


 そんな初老老人はライラの存在に気づき、丁寧に頭を下げてきた。


「おや、騎士様。何か御用でしょうか?」


「うむ、急用でな。この村に騎士と貴族令嬢が来なかっただろうか? 馬車に乗っていたと思うのだが」


 ちなみに外見年齢から言えばこの老人の方がライラより年上だろうが、ライラが敬語を使うことはない。――そこらの村人よりも騎士の方が偉い。それこそがこの国の根幹を成す身分制度だからだ。


 ゆえにこそライラの口調も普段より少し偉そうなものとなるし、それが分かっている老人も、まだ年若い女にしか見えないライラに懇切丁寧な態度で接する。


「はい、騎士様たちとご令嬢方は昨日出立されましたが……なにかあったのでしょうか?」


「…………」


 嘘をついている様子はなさそうだ。

 少なくとも、王宮において様々な権謀術数をくぐり抜けてきたライラからすれば、田舎の老人がつく嘘くらいすぐに見抜けるのだ。……アークはそのあたりがまだまだ未熟で、嘘をつくのも見抜くのも苦手なのだが。


(そのあたりをすぐ側で補助する私……。いいではないか……。おっと、今は老人からの疑問に答えなければな)


 ここでアークたちを追ってきた本当の理由を馬鹿正直に話す必要はないし、そもそも原因がアホらしすぎて説明するのも億劫だ。


 そこでライラはこの村から漂うドラゴンの気配を言い訳に使うことにした。


「実は、魔の森のドラゴンが活発化しているとの報告があってな。私は一応の調査と、あの騎士たちにすぐ戻るよう伝えに来たのだ」


 ここでこの村があの・・ドラゴンの影響下にあれば老人が何らかの反応をするだろう。そう考えての発言だった。


「な、なんと!? ドラゴンが!? ま、まことでございますか!?」


「…………」


 慌てふためく老人からは隠し事やごまかしの雰囲気は感じ取れない。

 どうやら村にはいないか、あるいは老人が知らぬまま村の誰かが匿っているのか……。


「あぁ、だが安心して欲しい。酔っ払いの妄言という可能性が高いのでな。だが、ことはドラゴン。たとえ妄言でも調査しなければならないのだよ」


「そ、そうでございましたか……。いや、それなら安心ですが……」


 王宮も本気で危機感を抱いていればもっと多くの騎士を派遣してくるだろうな、と顔に書いてある老人だった。


「まぁしかし、一応は形式的な調査はしなければならないのでな。ご老人、この村の村長はいるだろうか?」


「はい。自分が村長でございます」


「おっと、そうであったか。では、村長。この村で近ごろ変わったことはなかったか?」


「近ごろでございますか……? いえ、1年ほど前から水が悪くなったことくらいでしょうか?」


「水が、悪く?」


 ライラの脳裏に一つの可能性が思い浮かぶ。――ドラゴンの血は、普通の人間にとっては猛毒。聖剣によって傷ついたあのドラゴンの血が、水源かどこかで混じってしまったのではないかと。そうであるならば村から漂うドラゴンの雰囲気も、水から漏れ出しているのだろうと納得できるのだ。


(だが、あのドラゴンが傷ついたのは10年前。1年前から水が悪くなったのでは計算が合わないか……? いや、今まで別の場所にいたドラゴンが1年前に移動してきた可能性もあるか)


「一応調査するか……。村長、近くの井戸に案内してくれるか?」


「もちろんでございます。ささ、こちらへどうぞ」


 村長が案内してくれたのは特に代わり映えのしない井戸だった。いや、王都では滑車付きの井戸が普通になっているので、ロープで直接水をくみ上げるこの井戸はかなり古いと言えるかもしれない。


「う~む……」


 ライラは鑑定眼アプレイゼルを持っていないので、見たところで水が汚染されているかいないかなど分からない。


 だが、やはりドラゴンの気配は感じ取れた。


 これは……一応調べた方がいいか?


 アークたちの馬車はずいぶんゆっくりと進んでいるので、ドラゴンの調査をしてからでもすぐに追いつけるだろう。


 ドラゴンの気配がどこから流れてきているかは、分かる。ならばあとは向かうだけだ。


「感謝しよう、村長。やはり酔っ払いの妄言だろうが、なにか奇妙なことがあったら王城に知らせてくれ。魔の森近くの村と名乗り、近衛騎士団長に取り次ぎを願えば通すように伝えておこう」


「承知いたしました」




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?