「……ナナナを追ってるのか」
だから食い気味やめろっての。
僕はリズムを取り戻すように、一息ついてから続けた。
「そう。ナナナがワクチンを独占しているのは知っているよね。だけど、ナナナはその裏で殺人を行っている可能性がある。ワクチン泥棒を図ったやつらが消されているんだよ」
「へー」
「ナナナはワクチン売るのが目的じゃなくて、殺人が目的じゃないかって俺は睨んでる。さしあたってナナナはサイコパスか何かで、人を殺したい欲求がある。一般ピーポーの僕には理解できないけどね」
「へー」
プチリと鼻毛を引っこ抜くロク。
女子高生が人前でそんなことやっちゃダメでしょ。
「これまではアメリカが追っていた事件なんだけど、今、ナナナは日本にいるらしくてさ。神出鬼没の彼女の居場所が分かるってのは珍しいんだ。だから、その間に僕ら公安がナナナを捕まえる。つまり、キミの仕事は人探し。ナナナを見つけることだ」
「もしそれが本当なら、ただの殺人事件に特殊部署を投入したことになるよね。それって不自然じゃない? 一課でよくない? 何で秘密部署が対処する必要あんの?」
察しがよすぎる。
これだから頭がいいヤツは嫌いだ。
というか、この女が嫌いだ。
心の中で舌打ちする。
そう、僕らはもっと別の理由で動いている。
でも、それを言う訳にはいかない。
だから、表向きの理由を捏造している訳だ。
嘘八丁、真面目な僕にとっては、嫌なことだがこれもミッション。
ならば、貫き通すしかない。
「そういうのは探らないのがマナーだろ」
「ま、いいけど。で、オッサンは?」
意外とすぐ引いた。
オッサン、オッサンってキミ、あのおじさんが好きなの?
責任を感じてるだけとは思えない入れ込み具合だよね。
「そのナナナが匿っている可能性がある。何故ならホトケがあがってない」
「おい、まさか可能性の話で私を誘ったのかよ」
キッとに睨みつけてくる視線は一歩も引かない。
僕は真剣な目で応えた。
こういうのは、テキトーに返しちゃダメだ。
「でも、ゼロではない」
個人でおじさんを探すか、公安として探すか、損得計算して、観念したのだろう。
ロクはOKサインの代わりに小さく嘆息した。
――という訳でお仕事タイム。
僕はナナナに接触したロクに、似顔絵を描かせてみた。
スラスラと描く姿は、どこか喜々として見える。
「できた!」
「へー、なかなかうまいね」
シャーペンで書かれたその絵はデッサンだが分かりやすい特徴が描かれていた。
大きな目、目の下のクマ、ツインテール、オデコを隠す前髪。
でも、もっと……と考え始めたところでロクが立ち上がる。
「つか、私の情報ばっかあてにすんなよ。ナナナの情報、何もないの?」
ロクの質問に僕は肩をすくめた。
「これくらいしかない」
前のめりになり、三枚の書類を渡す。
受け取ったロクが鼻で笑った。
「こんだけしかないの?」
カチン、ときた。
「こんなで特殊捜査課?」と言われた気持ちだ。
「言っておくけどね。僕はキミより優秀なんだ。スタンフォード大学の医学部だ。スタンフォード。分かる? 中卒のキミには分からないだろうね」
「アメリカで二~三番手の大学だろ?」
「中卒のキミでも知っている大学だ。そこの首席だよ」
「でも、その中卒の力が必要なんだろ?」
「う」
ロクは何故か書類を置き、僕の目をまっすぐに見た。
「プライドを傷つけたんだったらごめん」
それは煽りでもなく、真剣な瞳だった。
急に自分が恥ずかしくなる。
たじろいで口よどんでいると、ロクは資料の一部を指さした。
「いい情報あるじゃん。さすがスタンフォード医学部」
ロクが指さしたのはSNS情報だ。
ナナナはXYZ(旧ツリッター)でabunsaloccossというアカウントを使っている可能性が高い。
書類にはそう書かれていた。
頭を冷やせ。
こんな小娘に踊らされるな。
僕は椅子に座り、情報の補足を行った。
「自撮りもしないし、居場所につながる投稿もないんだよね。妙な詩をつらつら書いてる気持ち悪いアカウントだよ。フォロワー13人しかいないし」
「よくそんなアカウント見つけたね。つか国家権力なんだし、開示請求すれば?」
「ナナナだってバカじゃない。足がつかないように対策してるだろうし、派手に動けば気づかれてSNSから消える可能性もある。ただでさえ少ない手掛かりを失うわけにはいかないんだよ」
「動くにはせめて確度の高い作戦が必要ってことか」
「そう、キミがすご腕のカギ開け師で、ハッカーで、且つ、戦略家であることも知っている。そこも兼ねてのスカウトだ」
「ヤツ」のSNSの投稿を改めて覗く……本当に訳のわからない投稿ばかりだ。
とはいえ慎重で、やはり居場所などに繋がる情報はない。
渋谷ロク、ここからどうやって「ヤツ」の居場所を突き止めるのか?
ロクは作戦室のPCを立ち上げるとキーボードを操作した。
「何やってんの?」
「昔、趣味で色んなSNSのエンドポイントを探ったんだよ」
「エンドポイント?」
僕の質問にロクが流れるように答える。
「通信ネットワークに接続された端末や機器のこと。具体的には、運営スタッフが操作するコンピュータやタブレット端末、スマートフォン、サーバーとか」
「そんなんどうやって?」
ロクはモニタを眺め、キーを打ちながら続ける。
器用なヤツ。
「リバースエンジニアリングやら情報屋やら使える手は何でも使う。それでエンドポイント見つけたら、ファイヤーウォールを突破して、デベロッパー(開発者)アカウントのログインパスを入手する」
「なるほど、運営側アカウントならユーザーの検索クリエの履歴とか取得できるってことか」
「ご名答。オッサンと違って勘がいいね」
「ほめても500円くらいしかあげないぞ」
僕のギャグは華麗にスルー。
ロクがキーを打つ手を止めた。
「ぎゃははははっはは!!!!」
ロクは突然笑いだした。
意味が分からず僕は立ち上がる。
僕のギャグが時間差で効いてきたのか?
「どした?」
「見つけた。開発者アカウント乗っ取ったんだよ。そんで、ナナナのアカウントの検索履歴やアクセスログを洗い出したんだけど……見てこれ!」
近寄ってモニタを見ると、そこには――。