目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第25話 義宗に潜む

「姫さん!姫さん!姫さ~ん」


真っ暗闇に義宗の大声が響き渡る。


――姫さ~ん!

――姫さ~ん!


川に頭をつけた時のような音が体を通り抜けていく。


「武丸様。あっちだ!」


駆け出そうとする義宗の首元を掴んだ。


「どうした?」

「あれはおじさんの声が跳ね返っているだけです」

「そうなのか?」

「考えなくても分かるでしょう。因子様なら、ご自分の事を姫さんとは呼ばれないはず!」

「そりゃあ、そうか!さすが、武丸様。頭が良いな」


なぜだろう。

義宗に褒められても全く嬉しくない。


「よわりました」

「武丸様の術で消し去れないのか?」

「出来たらやってます」


俺の力はそこまで強くないの!

むしろ不安要素の方が多いよ。

下手したら、俺の鬼力に感化されて術が強まる可能性もある。


「危ない!」


突然、視界が宙を舞った。


なっ!なんだ?

一瞬、義宗に腰を掴まれたような感覚があったが?

なぜか、見下げると義宗の頭のてっぺんが目に入る。

そして、義宗が対峙するのは瘴気を纏った巨大熊。


また熊?

京の都に?

いやいや、あれはどう見ても瘴気がらみだ。

どんだけ、熊が食べたかったんだよ。義宗!

さっきもありったけ食ったばかりだっていうのに!


「武丸様。ご無事で?」

「ああ…」

「この熊は任せろ!」


俺、もしかして、義宗に投げ飛ばされた?

おそらく、地上との距離は屋敷の天井ほどの高さだ。

細身とはいえ、まあまあ、体重あるとおもんだけどな…。

義宗の奴。俺の事、蹴鞠かなんかだと思ってる?

足蹴りはされてないが、なんとなく腑に落ちない。


何より、高いところは苦手なのだ。

早く、降りなくては…。


――ピリッ!


腕を動かすと静電気にあてられたような痛みが指先に走る。


霊力!


自身の体の周りに微量の霊力の膜が取り囲んでいた。

白い光沢を放つそれらに触れると内に流れる鬼力が弾けていく。


「おじさんの守りの力か」


悪疫を滅する神聖な気。おそらく、無意識に放ったのだろう。

通常の者ならば、神の御業として祭り上げる所だろうが、俺は別だ。

むしろ、窮地に立たされた状況だ。

こんな強い霊力の中に鬼力を持つ俺を放り込むとか、殺す気か!

少し触れただけで、悶絶する。

もし、頭でも突っ込んで見ろ。

すぐに天昇させられ、来世行だ。

指一本動かすのも危険…。


「さあ、熊よ。俺が今夜のおかずにしてやる」


地上では義宗がやはり、食欲に負けて術中に足を突っ込んでいる。


俺にどうしろというんだ?


――ガルッ!


「はああっ!」


突っ込む熊目掛けて、刀を振り下ろした。


――ギヤアアッ!


雄たけびを上げた熊は奇声をあげ、倒れる。


「さあ、頂こうぞ!」


熊は瘴気の塊へと姿を変えていく。

だが、義宗には相変わらず熊に見えているようで、腹と思われる部位にかみついた。


えっ!せめて、火であぶれよ。


――喰らえ!

――喰らえ!


どこからともなく声が響く。

義宗の腹が光っている?


――……力を!

――……力を!


「俺に喰わせろ!

「おい、おじさん。しっかり!」


身動きが出来ぬまま、目に色を失いかける義宗に呼びかけた。


――我に力を!

――我に力を!


これは義経公の声だ。

義宗が瘴気を食ったせいで、主導権を握り始めたか。

まずい。このままでは義宗の魂も食われかねない。


「おじさん!おじさん!」

「さあ、次は何を食わせてくれるんだ?」


聞こえていない!


義宗の問いに反応するように瘴気が集まってくる。

首を動かすと遠くで住蘭が笑っていた。


いや、あれは幻覚だ。

それでも、お前は無力だと告げられている気分にさせられる。

この瞬間にも義宗の霊力が俺を危険にさらしてもいる。

当の本人は瘴気の波に呑まれているというのに。

とんだ皮肉だな。


思わず苦笑いが漏れる中、暗闇の中を暴風にでもさらされているように振動した。

義経公の力にあてられて術の効力が高まり始めている。

もう、俺の鬼力がどうとか言ってはいられない。

霊力の膜は瘴気に飲まれ、少し弱くなってきている。

これなら、痛みだけで済むやも…。

考えている暇などない!

因子様も見つけねばならないのだから。


貞暁は覚悟を決め、霊力に手を突っ込んだ。


「うおおおっ!」


――バチバチバチッ!


身を砕くような痛みに耐えながら、義宗に焦点を合わせる。


地面に降りるぐらい簡単。

川に潜るように…。

ゆっくり、ゆっくり…。


「全部、食ってやる。食ってやる。俺が…すべてを!」


さらに大きな瘴気を口に運ぶ義宗の表情は黒ずんでいる。


「ああああっ!」


霊力の膜を消し去るように鬼力を絞りだした。


――バチンッ!


叫び声に幕は消え去った。

それと同時に義宗の体は急降下していく。


「義宗!お前が何者か思い出せ!俺を将軍にするんだろがぁ~!」


貞暁は義宗が持つ瘴気の塊を蹴り飛ばし、彼の腕を掴む。


息をきらせながら、地面の感覚を噛みしめた。

そして、背筋を伸ばす。


「言っておきますが、俺は殴り合いは嫌いです!」


義宗と少し距離を取り、構えの姿勢に入った。


鬼力は小さく…。

鬼言は薄く…。

指の速度は緩やかに…。


「はああっ!」


義宗の腹目掛けて、左手を押し出した。


「うっ!」


小さく悲鳴を上げた義宗は数歩後ろに引き下がった。

飛ばねえのかよ!


「痛っ!なんか、変なもんでも食ったかな?」


呑気な声をあげる義宗に思わず息をついた。

よかった。

義経公を押し込めたか。


「おじさん!大丈夫か?無事か?」

「おっ!おお~。よくわからんが、気分はいい!」


なんでだよ!

確かに肌艶はよくなっている。

さっきまで顔色、超悪かったのに!


「それより、将軍になると言ったか?」

「いいえ。まさか!」

「だか、この耳で確かに…」

「気のせいです。さあ、因子様を探しましょう」

「やっぱり、言ったよな。言った!」

「うるさいですよ。ほら、おじさんも因子様を呼び続けてください。この方法の言い出しっぺなんですから」


話題は変えるに限る。


「う~ん。おかしい。絶対、言った!」


それしか言わねえのかよ。

めんどくさっ!

こっちはお前のせいで寿命が縮みかけたんだぞ!

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?