なぜかなりゆきで、彼女をわれわれのテーブルまで連れてくることになった。
名前はソフィーと言った。認定レベル20の魔法使いで、仲間を探している最中だった。俺は恥を忍んで、実はかくかくしかじかで女性のメンバーを募集している、仲間になってくれないかと頼んだ。ウルリックと2人で「お願いします!」と床で土下座した。
その間、ベンはアホみたいに椅子に座っていた。エドワードは見せたらヤバいので、深々とフードをかぶらせてジッとさせておいた。
「お願いしますと言われても…」
ソフィーは苦笑いしながら、あごをかいた。
「頼みます! 俺たちが成長するために、ぜひともパーティーに入ってください!」
ウルリックはコメツキバッタのようにペコペコ頭を下げて、懇願している。ソフィーがとりあえず座ってというので、席についた。エドワードがスケッチブックを取り出そうとしたので、手を押さえてやめさせた。
「ちょっと、この人が無理かも…」
ソフィーはバツが悪そうな顔をして、ベンを指差す。そりゃそうだろう。でも、そうならばなぜ俺たちのテーブルに来たのだろう。
「いやでも、ここまで来たということは、ちょっと俺たちに興味があったということでしょ? こいつはコミュ障だけど、根はそんなに悪いヤツじゃないし、そのうち慣れると思うけどなあ」
ウルリックが一生懸命フォローしている。
「いや、違うんだ。ここまで来たのは、ほら、そこの…」
ソフィーはフードを目深にかぶって、荷物のように座っているエドワードを指差した。
「彼? 彼女?に興味があったからだよ」
えっ…。
なんでこんなキモオタが…。
俺は激しい嫉妬に駆られた。フードをはいで、こいつがいかにキモいかソフィーに教えてやろうかと思った。だが、寸前で踏みとどまった。そんなことしてみろ。たぶん、ソフィーは逃げ出してしまう。まだ可能性が残っている以上、我慢するしかない。
「君、すごい魔力だね。魔法使い? 顔を見せてくれない?」
ソフィーは身を乗り出す。エドワードはただでさえ丸くなっていたのに、もっと縮こまってしまった。フードを手で押さえて、顔を見せようとしない。そうだ。偉いぞ。絶対にそのキモい顔を見せるなよ。
「え〜っ、そうなんだ? こいつ、僧侶なんですけどね〜。そんなにすごいんだ。知らなかったな〜」
ウルリックがすっとぼけたふりをして、取りつくろっている。
「いや、知らないも何も、すごい魔力だよ。僧侶にしとくにはもったいない。今、何歳? 魔法使いにジョブチェンジする気ない? よかったら私の師匠を紹介するけど」
まずい。ソフィーの興味は、もうエドワードに一直線だ。顔を見せなきゃいけなくなるのは、時間の問題だ。顔を見せてしまえば、おそらくソフィーは速攻で冷めるだろう。いや、どうかな。これだけ言うんだ。もしかしたら、このキモさでも我慢してくれるかも。
そこまで考えた時、突然、ベンが立ち上がった。ソフィーがビクッとする。ベンは彼女の目を真っ直ぐに見つめると、やけに聞き取りやすい、よく通る声で言った。
「結婚してください。そして、俺とセッ◯スしてくれませんか」
テーブルの空気が、一瞬で凍りついた。
もうダメだ。終わった。それ以外のことが思い浮かばない。なぜ、そんなことをいうのか? 頭おかしいのか? いや、前からそうだとは思っていたが…。
ソフィーは驚いた顔をして固まっていた。しばらくして椅子を引いて立ち上がると「やっぱ無理だわ。ごめんね」と言った。
「でも、そこの子は見込みがあるよ。君たち仲間なのなら、大切にするんだね。私なら魔法使いにジョブチェンジさせる。きっとすごい魔法使いになるよ。それこそ、タイタンを上回るようなね」
タイタンというのは、魔法使いギルドの頭領だ。冒険者の間では畏敬の念を込めて「大魔道士」と呼ばれている。数多くの魔法を習得し、今なお使える魔法の種類を増やし続ける、まさに魔法のデパート。スティーブンさんも一緒に冒険したことがあって「人柄はともかく、あんなすごい魔法使いは他に見たことがない」と言っていた。
ソフィーはそう言い残すと、じゃあねと言って酒場を出て行ってしまった。俺たちはまた、獲得し損ねた女子メンバーの後ろ姿を見送ることしかできなかった。
「おい、なんてこと言うんだよ! あのなあ、ものには順番ってものがあるんだよ!」
ウルリックが声を荒げた。ベンは再び座って、テーブルに視線を落としている。
「ヤリたいのかもしれないけど、それをストレートに言わないの、普通は!」
「で、でも」
ベンは顔を上げると、ウルリックを真っ直ぐに見た。
「結婚してからセッ◯スするという順番は、間違っていないだろう?」
うん。否定しない。だけど、娼館に入り浸って、結婚相手でもない女とやりまくっている男に、そんなこと言う資格はない。
「それに、お前、言ったよな。魔法使いの俺が、戦士をナンパしに行くのは間違っているって。なのに、戦士のお前は、魔法使いにアタックしているじゃねえか。それってどういうことだよ? 言行不一致じゃねえか!」
ウルリックが声を荒げる。確かにそれは俺も思った。
「おとなしそうな女の方が、入ってくれるかなと思ったんだよ」
やっぱりな。だけど、おとなしそうでもそうでなくても、声をかけられないのではどうしようもない。そもそもコミュ障のベンが勧誘に行ったということ自体が、間違いだったのだ。まだ何か言い足りなさそうなウルリックを制して、俺は言った。
「ベンを行かせたのがそもそもの間違いだった。次は俺が行く」
「おお、そうだ。このパーティーで女の子と普通にしゃべれるのは、俺とクリスだけだからな。最初からそうすればよかったんだ」
ウルリックは腕を組んで、椅子の背にもたれかかった。
なんだか、おかしくない? 俺たちこんなことをしている暇があったら、普通に冒険に行った方が良くない? 素朴な疑問がチラリとかすめたが、俺はそれを頭の片隅に押しやって、考えないようにした。