甘い香水の匂いが、僕の鼻先を撫でるように漂っている。唇と唇の触れそうな距離に、屑山の端正な顔がある。
りんちゃんは俺の方がイケメンだと煽っていたけれど、彼は目が二重でぱっちりとしていてまつ毛も長く、僕にはどちらも系統が違うだけで同じくらいイケメンに思えた。例えるならば、チワワとシベリアンハスキーみたいな。
「ねぇ、黒崎くん」
耳元で、屑山が僕の名前を甘く囁く。それだけで、僕はトキメキがとまらないのに、さらに彼は僕の腰に手を伸ばした。
「ひゃっ! 近いっ、だめだって……!」
「何がだめなの?」
ライトブラウンの長い前髪から覗く大きな黒い瞳に真っすぐと見つめられ、僕は赤面した。
「あのっ……あの、今、その……できない……から」
何とか彼の手から逃れようと出てきた言葉は、我ながら結構最悪の部類だった。
「あっ、そうだね」
一瞬きょとんとして、そのあと屑山は僕の腰から手を離した。すぐにいつもの口元に薄く笑みを浮かべた表情に戻って
「どうして泣いていたの?」
聞きたいことは、それか。この男は、すでに明日のことを考えているんだ。
生贄投票で鳥頭が選ばれ、みんなどこか安心している。もちろん、自分が死ぬかもしれない緊張感は常にある。だが、今日のところは確実に『狩人』が生きているから、バリタチは拘束されていて無防備な鳥頭を襲って確実に一人殺しておくのが安パイだ。
そうでなくても、拘束されている人が一人いる中で、生贄投票で一票も自分に投票されず、ベッドの上ですやすや眠れることが確定しているということは少なからず油断を産む。
実際、先ほど会った二階堂と宇佐霧は平静だった。一票入れられた筆川はピリピリしていたし、宇佐霧がサイドテーブルの引き出しを開けようとしたとき、彼は酷く動揺した。
『引き出しの中に鍵の束か、もしくはタブレット端末が入っていたから、筆川は動揺したのではないか?』
宇佐霧は、軽そうに見えるがおそらく勘のいい男だ。たぶん気づいただろう。二階堂も何も反応しなかったが眼鏡をかけていて賢そうなので、気づいたかもしれない。
こいつは、どっちだ? 僕は目の前にいる屑山に向き直る。彼は、僕を探っている。彼は、僕をバリタチだと疑っている? それとも……。
「そんなに睨まないでよ」
軽い口調で屑山がおどけて見せる。
「貴方は、僕の敵ですか?」
こいつは僕の何を見ている……?
プッと屑山は噴き出した。口元をおさえながらくつくつと笑う。
「何が可笑しい?」
ひとしきり笑ったあと、彼は腕を広げてこう言った。
「君を、チームに引き入れたい」