「ルイ、すまねぇな」
「……(ペコペコ)」
「コールさんもザールさんも無事で良かったです」
今日ここから出るコールさんとザールさんが僕に挨拶をしに来てくれた。
「本当にすまねぇ」
「イレギュラーは仕方ないですよ」
「でも冒険者ギルドからあの辺が怪しいとは言われてただろ?」
「ゴブリンを追いかけたから入っただけで、僕達は気を付けてたじゃないですか。運が悪かっただけですよ」
「でもよう、俺達を逃がすためにルイが犠牲になっちまった」
「そんな死んだみたいに言わないでください」
コールさんもザールさんも、まるで自分達がもっと傷付いてたら良かったみたいな言い方だ。
正直僕があの猛獣に闘志を燃やして戦うことが出来たのは、絶対に守りたかったアンナさんの存在が大きい。
だからこそコールさん達にはあまり謝罪されても僕としては困る。
もちろんコールさん達を助ける気持ちはあったけど、1番はアンナさんだったから。
「あの、本当に大丈夫です。僕、コールさん達を助けたかった気持ちもありますけど、1番はアンナさんを助けたくて頑張ったので」
「そんなの俺達も分かってる。それでもルイには感謝してるんだ」
こうしてコールさん達に何度も感謝され、僕がここを退院したら飯でも奢ると言われた。
「じゃあな」
「はい」
「……(ペコッ)」
コールさん達は最後まで僕の体の心配をしてくれて、僕が半ば追い出すような形でこの部屋を出て行った。
「……」
「……」
「……」
暇だ、あまりにも暇だ。
お腹の痛みもあまり無くて、この部屋に患者は僕だけ。
誰とも話を出来ないのがこんなにも暇だとは思わなかった。
「……自分で治してみるか」
アンナさんが使う治癒魔法。
ソーさんに騙されて読んだあの分厚い本には色々な魔法の事が書かれており、その中には治癒魔法もあった。
「確か再生を促すんだっけ」
左手に集めた魔力を治癒の属性へと変化させ、怪我をしている場所に当てる。
「おぉ、治ってる感覚があるな」
ただ、自分の体なら直接魔力を患部に集めれば良いと思い、右の脇腹に魔力をそのまま集める。
「お、おぉぉ、くっ、くすぐったいなっ」
集めた魔力を治癒魔法へ変換すると、先程より効き目が良く、内側からも治されていく感覚があり、とにかく痒い。
「ふぅ、ふぅ、続けるぞ」
頭の中で脇腹を突き刺したあの猛獣を思い出す、のではなく、アンナさんの顔が浮かぶ。
アンナさんと喋りたい。
アンナさんに触れたい。
アンナさんと一緒に居たい。
僕はその一心で自分の怪我を治療し続けた。
「様子を見に来たよ」
「あ、シスター。もう治ったので帰りたいです」
「んあ? そんなバカなこと言ってないで」
「本当に怪我は治しました」
「治した?」
「はい」
シスターはぐるぐる巻きにして血を止めていた僕のお腹の包帯を取っていく。
「ほ、本当に塞がってる」
「もう僕は出て良いですか?」
「あ、あぁ、いや! 今日はここで過ごしな。本当に治ってたら明日出ていっても良いよ」
「そうですか。そうですね、分かりました」
「じゃああたしゃ次のところに行くよ」
「はい。ありがとうございました」
「(どうなってんだいあの子は)」
僕はシスターから明日退院する許可をもらったので、今日は仕方なく安静にする。
「じゃあ浄化にも挑戦しようかな?」
今はソーさんがあの分厚い本を読ませてくれたことに感謝している。
あそこまで色んな魔法の事を学べて、それも中級レベルまで載っているものはないのだろうと思うから。
そして魔法がすぐに使えるようになった自分の才能にも今は感謝している。
僕は本に書いてあったことと、一度自分で体験した浄化魔法を一生懸命思い出しながら、時間だけはあるため何度も何度も挑戦するのだった。
「ルイ様」
「はい」
「治ったのですか?」
「はい!」
「ご自身で治されたのですか?」
「……はい」
僕は少しだけ怖かった。
アンナさんは僕が治癒魔法を使えたことに、素直に喜んでくれるかどうか分からなかったから。
またアンナさんが僕の才能を素直に喜べなくて、自分で自分を苦しめてしまわないか心配だったから。
でもそんな心配は無用だった。
「ルイ様……良かったです!!」
「ア、アンナさん!?」
「本当に……本当に良かった……」
「……心配してくれてありがとうございました」
僕に飛び込んできたアンナさんは、僕の胸に頭をスリスリと、動物のやるそれのように続ける。
もちろん腕は僕の背中に回され、強く抱き締められている。
これまでの僕であれば、どうすれば良いか悩んだであろう両腕を、アンナさんの背中に回して僕も抱き締める。
抱き締めて分かるアンナさんの華奢な身体。
僕なんかより細くて軽い、それでも僕を引っ張ろうといつも頑張ってくれていることに、僕は感謝の気持ちが湧いてくる。
「ルイ様撫でてください」
「はい」
本人からのご希望通り、僕は優しくアンナさんの頭を撫でる。
「今日はルイ様を抱き締めて寝ます」
「はい」
「ルイ様の心も覗きながら寝ます」
「はい」
「……ルイ様、私に今日頑張ったご褒美をください」
「は、はい」
ご、ご褒美!?
ご褒美ってたぶんアンナさんが昨日の朝してくれた、ご褒美のことだよね?
お、落ち着け、これだけ良い雰囲気で失敗するわけにはいかない。
「い、行きます!」
「……」
僕は意を決してアンナさんのその左頬へと、目を閉じ己の唇を近づけるのだが、触れた瞬間にどこかおかしな感触だと感じて目を開ける。
「ふふっ、ルイ様は目を閉じてキスをするのですね」
アンナさんの顔が真正面にあり、僕はアンナさんの唇から目が離せなくなる。
「え、あれ? 僕、今」
「私もお返ししますね」
「むぐっ!?」
今回は僕も目を閉じることはなかった。
さっき僕が感じた感触と同じ、いや、それ以上のものを唇から感じる。
「私、まだまだルイ様に追いつける気はしませんし、隣に立つ資格があるのかどうかも分かりません。でも、ルイ様を好きな気持ちは本物ですし、ルイ様の気持ちも分かりますから。だから私が自信を付けるまでルイ様が離れられないように頑張ります」
アンナさんの声は聞こえているが、僕は話の内容を理解できるほど頭が回っていない。
「私ルイ様を逃がしませんから」
「は、はい」
「ルイ様?」
嬉しい。
嬉しい。暑い。
嬉しい。熱い熱い熱い。
「ルイ様! か、体が熱いです!」
「アンナしゃん」
「ルイ様ーーーー!!!」
僕は湯気が出ているんじゃないかというくらい顔が熱くなり、アンナさんの冷たい手と治癒魔法を頬に感じながら、僕はそのまま意識を手放すのだった。
「これならもう出ても良いね」
「ありがとうございました」
「本当に退院するとは思わなかったよ」
「シスターのおかげです」
「そんな見え透いた世辞は要らないよ」
シスターは朝僕とアンナさんの寝ているベッドに来たと思ったら、体を診ると言ってくれて、昨日言った通り退院のお許しが出た。
「もう来るんじゃないよ」
「はい」
「お世話になりました」
アンナさんと僕はシスターに見送られて教会を出る。
「アンナさん。僕、冒険者になれて良かったです」
「本当ですか?」
「はい。やっと前の自分が冒険者をやりたいと思ってた気持ちが分かった気がします」
「大きな怪我をされたのに?」
「はい」
「私はルイ様が居なくなったらと思うと不安で仕方ありません」
「それは……僕も同じです」
「仮の話ですが、もし私が冒険者をやめて欲しいと言ったら、ルイ様は続けられますか?」
アンナさんから質問が飛んできた。
要は僕が大切にするのは、アンナさんか、冒険者か。
「それは、決まってますね」
「……どちらですか?」
「アンナさんを優先します」
「……」
「でも、たぶんアンナさんに冒険者を続けさせてほしいって僕はお願いすると思います」
「……それを私が断ったら?」
「アンナさんは断りませんよ」
「どうしてそう思われるのですか?」
「いつも僕のことを最優先で考えてくれますから」
「……」
「もし僕のお願いをアンナさんが聞こうとしないような関係になれたなら、僕はむしろ嬉しいですね。良くアンナさんに我が儘を言わせられる関係になったと、褒めたいです」
「ルイ様はポジティブですね」
「アンナさんのおかげです」
僕達は話しながら歩いていると、教会から街の大通りまでやって来た。
「僕今からギルドで依頼を受けたいです」
「ルイ様が倒されたファングジャガー亜種の討伐報酬もありますし、もう少し休まれても良いですよ?」
「ずっとベッドで寝たきりだったので、早く動きたいんですよね」
「ではルイ様のお好きなようにしてください。私が無理だと判断すれば止めますから」
「ありがとうございます!」
「ル、ルイ様! 嬉しいですが、こ、こんな人の目がある所で」
「これは最初酒場でアンナさんに抱き着かれたお返しです!」
「ルイ様!」
「冒険者ギルドへ行きますからね!」
「ちょっと、ルイ様待ってください!」
まだまだ僕は冒険者として新米だけど、最初アンナさんについて行くだけだった僕が、今こうしてアンナさんに追いかけられていること自体奇跡みたいなものだ。
「つ、捕まえました。でもルイ様、どうして急に止まったのですか?」
「いや、やっぱりアンナさんと手を繋ぎたいなと思って」
「……今日のルイ様は私をからかいたい日なのですね」
「ずっとベッドの上でアンナさんに会いたいって思ってましたから」
「……それは私もです」
「なので、はい、行きましょう」
「(……手を出してリードしてくれるルイ様、あり、ですね)」
「アンナさん?」
「い、いえ、行きましょう!」
僕は未だに1人で何も出来ないけど、アンナさんのためならなんだって出来る。
「お、ルイ!? もう良いのか!!」
「……(ペコペコッ)」
「はい、シスターから退院して良いって言われました!」
少しずつ知り合いも増えてきた。
「まだ朝は食ってねぇだろ? おい! 俺達の恩人の帰還だ!! 樽でエール持ってきてくれ!!」
「コ、コールさん? 僕お酒は飲まないですけど……」
「皆! そのエールは俺からの奢りだ! 飲みてぇやつは俺のダチの帰還を祝ってくれ!!!」
「お!! 良いねぇ! タダで飲めるぞ!」
冒険者という職業も知った。
「じゃあ行くぞ! ルイの勇気に!」
「「「「ルイの勇気に!」」」」
「ルイの帰還に!」
「「「「ルイの帰還に!」」」」
「ルイのこれからの人生に!」
「「「「人生に!」」」」
「かんぱーーーい!!!」
「「「「かんぱーーーい!!!」」」」
この世界にも慣れてきた。
「ルイ様、ルイ様は朝から飲むような冒険者にはならないで下さいね」
「はい。アンナさんが言うならそうしますね」
「お、主役は女の尻に敷かれてるやつだったか」
「その方が良いぜ。俺も帰ったらカミさんには頭が上がらねぇ」
「違いねぇな」
そして、僕はこの世界でアンナさんと生きていきたいと願っている。
「付き合ってんのか?」
「わ、私はルイ様と、その」
「あぁ? まだ付き合ってねぇのか」
「コールさん、僕も貰っていいですか?」
「あ、あぁ、でもルイお前、酒は飲まねぇって」
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ
そして色んな力を借りないと言えない僕はまだまだ駄目だけど、言えるだけマシになった気がする。
「ア、アンナしゃん! これまでも、これからも、ずっと好きです。僕の彼女になってくだしゃい!!」
「えっ、ル、ルイ様!?」
「「「「おおおおおぉぉ!!!」」」」
「姉ちゃん返事は!!」
「えっ、あの、えっと、ぉ、ぉ願いします」
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
「良くやった坊主!!!」
「良かったなぁ!」
「フラれてたらもっと酒がうまくなったんだがなぁ」
僕はこの世界で一番大事な人を見つけた。
「ル、ルイ様! 大丈夫ですか?」
「だ、だいじょうぶでしゅ」
「ル、ルイ様?」
バタンッ
「お、おいルイ! あぁ、こりゃ完全に酔っ払ってるな」
「ルイさまぁ」
「そこに寝かしとくか」
「アンナしゃん、しゅきですぅ」
「はい……私もルイ様のことが大好きですよ!」
まだまだ僕は駄目駄目だけど、アンナさんと一緒ならこれからどんな事があっても乗り越えられると、そう僕は信じてる。
ありがとうかつての僕。
ありがとう神様。
ありがとうライ。
ありがとう皆。
ありがとうアンナさん。
僕はこれからも必ずアンナさんを守って生きていく。
「でもルイ様、私朝からお酒は飲んで欲しくないって言いましたよね」
「ごめんなしゃい」
「まぁそんな言ってやるなよ」
「コール様は黙ってください」
「あ、あぁ」
「アンナしゃん」
「ルイ様駄目ですよ、もぅ」
「でも、アンナしゃんにしゅきっていいたくて」
「……許します」
「(アンナってルイには甘すぎるな)」
「何か言いましたか?」
「いや、主役のルイが許してもらえて良かったなぁって」
訂正、僕はこれからもアンナさんに甘やかされて生きていく。
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ありがとうございました。一応これで今作は終わりとさせていただきます。
少し無理やり終わらせた感は否めないですが、書き切ったものは初めてなので、許してやってください。
では改めまして、最後まで読んでいただきありがとうございました!!