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第42話 忙しくも幸せな日常

「ふぅ……」

 ため息をつきながら紙に向かい、ペンを滑らす。


 王太子妃としての勉強は大変ではあるが、学ぶ事が大好きなレナンにはそこまで苦ではなかった。


 新たな知識や見解を増やせるのはとても楽しい。


 大変なのは、別な仕事。


「眠い……」

 エリックの愛情は嬉しい。


 でも体力のないレナンにとって、夜眠れないのはとても辛いことだ。


 昼寝の時間ももらえるし、勉強も強制はされないのだけれど、王太子妃となったからには役に立ちたくて、出来る限り勉強に時間を費やしている。


 不甲斐ない自分を受け入れてくれたこの国の為に、レナンは恩返しをしたいのだ。


 捕虜も、一部を除きパルス国へと帰された。


 パルス国にはかえらず、この国で働きたいと志願した者には新たな仕事を与えたりなどもあったらしい。幾人かはスカウトもしたそうだけど。


 これにより、パルス出身の者がアドガルム国に残ったので、パルス国が攻めにくい状況を作ったようだ。


 かつ有能な人材も得られたので、アドガルム国にとって良いこと尽くしである。


 そしてレナンが驚いたのが、国に戻る者の一人である異母兄のルアネドが、エリックと何やら話し、意気投合をしていた事だ。


「いい人と結婚したようで良かった、幸せになるんだよ」

 優しい異母兄はレナンを励ました後、パルス国に戻っていった。


「ありがとう、兄さんも気をつけて下さいね」

 ルアネドはこの戦をすることを最後まで拒んだのだが、その為に目障りだと父によって前線に送り出されたのだ。


 こうして生きていてくれて嬉しいが、国に帰ってから大丈夫なのか心配だ。


 ヘルガとの仲も悪い為、気が気でない。何もないと良いのだが。


「大丈夫、彼には人を貸してある」

 どうやらエリックが、ルアネドの為に兵を割いてくれたようだ。


 王家の影という優秀で強い諜報員をつけたそうで、いずれルアネドが王位につけるようにとの取り計らいもしたらしい。


 ルアネドのような善良な者が王位につけば、アドガルム国にとってもありがたいからだと説明された。


「彼はレナンを心配してくれたしな。いざという時に味方になってくれる男だ」

 打算と少しの好意にて、ルアネドに力を貸すことをエリックは決めた。


「んん、そろそろ限界……」

 侍女のラフィアにお昼寝の準備をお願いする。


(どちらにしろあまり眠れないのよね)

 レナンがお昼寝をするというと、決まってエリックが書類を持ってレナンの元に訪れる。


「寝顔を見たいだけだ、何もしないから」

 と言って強引に来る。


 ここ最近は夜必ず一緒に寝ているのに、それでも飽きないようだ。


 見られている居心地の悪さを感じるが、疲れているレナンはいつも通り横になろうとした。


 だがふと気づく、ニコラの元気がない事に。


「ニコラ、何かあったの?」

 思わずエリックの従者に声をかけるが、弱々しく笑うだけだ。


「何でもありませんよ、大丈夫です」

 そうは言うが、何か違和感がある。


「悩みがあったら言ってね、力になるから」

 優しい言葉にニコラは感激する。


「嬉しいです、ありがとうございます。その気持ちだけで充分です」

 ニコラの涙に若干戸惑いつつ、レナンは優しく微笑んだ。


「無理しないでね、あなたはエリック様の大事な人なんだから」


「そんな、僕なんかがエリック様の大事な人だなんて……」


「あら、エリック様があなたを信頼し、背中を預けてるのは見ていてよくわかるわ。あなたの名前を口にしているのをしょっちゅう耳にするし、正直妬いちゃうくらい」

 その言葉にますますニコラは泣いてしまう。


「僕の事を、エリック様が? 本当に?」

 涙がとまらなくなる程、ニコラは歓喜した。


「レナン、ニコラと話し過ぎだ」

 嫉妬と羞恥で、エリックがニコラを部屋から追い出す。


「しばし休む、夕刻まで帰ってくるな」

 低い声でそう言われるが、ニコラは嬉しさで恐怖もない。


 エリックの言葉に頷くしかしなかつた。


「それと憂いは早くなくしてこい、辛気臭い顔をして、レナンにこれ以上心労をかけるな」

 エリックの気遣いに、ニコラはこみ上げる涙を押さえもしなかった。


「はい!」

 ニコラを見送り、エリックは扉を閉める。


 ウトウトするレナンの側まで行くと、おもむろにベッドに上がり、一緒に横になった。


「あ、あの?」


「褒めるのはいい、あいつはよく働く勤勉な男だからな。だが、許可なく俺の心情を伝えるのまでは、許していない。だからお仕置きだ」

 エリックがニコラを重宝してると言った事が、余程照れくさかったらしい。


(眠いのに)

 疲れた体を無理矢理起こされ、遠のく意識の中で、大きくて温かい手が体に触れてくるのがわかる。


 擽ったい感触に思わず笑いが溢れる。


「あははっ!」

 笑い過ぎて息が出来ない。


「そりゃあお仕置きだから、多少痛い目見ないとな」


 しつこく執拗にくすぐられ、息が苦しくなってくる。


「もうダメー!」

 暫くエリックは止める素振りも見せなかった。




◇◇◇





 廊下に出たニコラは涙を拭い、くすりと笑う。


「では、お言葉に甘えて行ってきます。キュア、あとは任せますよ」

 護衛として実は廊下にいたキュアに、声をかけておく。


「えぇ。でもレナン様、大丈夫かしら?」

 聞こえてくる笑い声のような、泣き声のようなものに心配になる。


「じゃれてるだけだから、大丈夫ですよ」

 笑い声が止んだのを確認して、ニコラは部屋に防音の魔法を張った。


 あの主がこれで終わらすわけはない。


「こちらで食事をするよう手配してくださいね、多分今日はもう出てきません」

 ニコラはそう言うと歩き出す。


 エリックに言われたならば、行かねばなるまい。


 しっかりと話をしようと、リオンの部屋を目指した。




◇◇◇




「意地悪……」

 涙目になり、ベッドに突っ伏したレナンを見て、エリックは笑う。


「レナンが悪い。ニコラの前であのような事を言ったのだからな」

 余程の事だったのか、根に持たれそうだ。


「お嫌でしたか?」


「あぁ。いざ言葉に出されると、照れ臭いからな。だが、自分では言えないことを君が伝えてくれるのは、嬉しいと思った」

 別な者が代弁したのなら不愉快になったと思うが、レナンなら良いと思えた。


 悪気が全くないからこそ、許せるのだ。


「俺とニコラは古くからの付き合いで、そういう事を態々口にするほど、安い関係でもない。しかしレナンのように口に出して伝える事も、時には必要だな」

 普段からの感謝はあれど、ニコラとは近すぎる故に色々忘れてしまう。


「そうですね、ぜひエリック様からもニコラに伝えて上げてください」

 エリックの機嫌が治ったようで安心する。


 これでゆっくり寝かせて貰えるかもしれない。


「そうだな、今度から素直に伝えるとするよ」

 そう言って後ろからレナンを抱え、目を閉じる。


「あの、お仕事は?」


「やる気を削がれた、明日に延期だ」

 しっかりと回された腕により、レナンは身動きも取れない。


「あの、このままでは眠れないというか、一人になりたいというか」

 ゆっくり寝かせてほしいのにと、レナンは不満そうだ。


「寝たくないのか? ならば少し相手をしてもらおう」


「いえ、寝ます! おやすみなさい!」

 エリックの弄る手を押し止め、レナンは目を閉じる。


「残念、ではまた後で」

 気になる言葉を残しつつ、エリックは手を止めて寝息を立て始めた。


 エリックも何だかんだで疲れているのだろう。


 このようにエリックの寝る姿は初めて見る。


 後ろにいるから顔は見えないけど。


 いつもレナンより遅く寝て、早く起きる。


 珍しいと思いつつ、嬉しくなった。


 エリックは自分に心を許し、このような無防備な姿を晒してくれている。


 その信頼を感じられ、つい顔がニヤけてしまった。


(恥ずかしいけどこういうのは役得よね)

 愛してくれる存在がいるというのは心の支えになる。


 心と体の温かさを感じながら、レナンも目を閉じた。





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