天音家……今となってはその名は無くなってしまったようなものではあるが、家族を殺されたものの、透は何とかあの『ホロコースト事件』を生き残った、数少ない生き残りであった。
そんな透が手始めに何をしたか、というと。スラム街において親や近親者を殺された非常に幼い、保育園児や幼稚園児ほどの子供たちを匿う事であった。名前すらトラウマで思い出せない子供たちに、透はそれぞれ人生が華やかになるよう色の名を付けた。透を長女として、次女の『赤』、長男の『青』、三女『藍』、次男『水』、四女『虹』、三男『空』、五女『白』。七人の子供たちを新たな人生へ送り出すべく匿ったのだ。
新たな天音家の数少ない取り決め、それは『犯罪行為を行わないこと』。つまりは人生における足を引っ張ってしまうであろう汚点を、絶対に作らせたくなかったのだ。元々自分たちは『ホロコースト事件』の被害者であるため、世間からは色眼鏡で見られることだろう。人によっては野蛮だ、と唾棄する存在であるだろう。
それゆえに、透は通常なら年齢で言うならば中学生として勉強している時に、ありとあらゆるバイトを掛け持ちした。子供たちに何不自由ない生活を送らせてあげたいという、親心であった。あの地獄を経験したからこそ、多くの幸せが訪れるよう、少しでも自分を犠牲に現実の荒波と戦い続けていたのだ。
結果、透は『孫悟空』の因子が発見され、子供達も早い段階で因子覚醒の兆しが見え始めていた。自分が英雄学園に入学した後、もし卒業するとして。明確なコネクションを作っておいて、のちの子供たちの人生がより華やかなものになるよう、様々画策した。
子供達には、少しでも悪い奴と戦うため、そして自分の身を護るため、様々な格闘術を教えていた。ボクシング、合気道、空手、柔術、テコンドーにムエタイ。多種多様な技を身につけさせ、子供たちの未来を明るく照らしていったのだ。青が得意だったのはボクシングである。
その頃から剣崎と橘とつるみはじめ、透が匿う子供たちが少しでも楽になるよう共同生活をしていた。その頃からの仲なため、三人と子供たちの仲はかなりのもの。通常の家族すら超越するほどの深い繋がりにあった。
しかし、現実はそう甘くはない。
このころから、ある人物が透らのもとに訪れるようになった。その人物こそグラトニー。子供たちの生活のため、透はグラトニーから金をいくらか借りていたのだ。その額は当初は十万ほど。しかし、いくら返せども完済の兆しは見えずにいた。
透は不思議に思い、返済分の金がどうなるのか、尾行していったことがあった。すると、その金はどぶに捨てられていたのだ。利息分とプラスアルファ、きっちり返していたはずだったのに、それを一瞬でふいにしたのだ。
(あのガキ、どうやら英雄の因子持ちらしいですね。将来的には英雄育成施設にでも入るでしょうし……少々『効率の良い金づる』となってもらいましょうか)
その言葉を聞いた透はグラトニーに食って掛かるも、呆気なく『教会』関係者複数名でリンチされる。どれだけ歯向かおうとも、手傷が増える一方であった。
(噛みつく相手くらい、学んだらどうですか『金づる』さん)
その日以降、さらに利子が酷く重いものになっていった。現実的に返済額としてあり得ない額まで膨れ上がっていったのだ。しかしそれでも透ら三人は、どうにかする以外の選択肢はあり得なかったのだ。
理由は、グラトニーからの『脅し』。
(もし一円でも、返済が出来なくなってしまったら。貴女のところにいる子供たちを……そうですね、人身売買か『そういう』趣味の人のもとへ送りつける……というのはいかがでしょう。罰は……じわじわ続く
それが許せない、歪んだ殺意すら胸中に宿るほどのものであったが、子供たちを守るためには四の五の言っていられなかったのだ。
英雄学園に入学が決定した後も、透は複数のバイトを掛け持ちして、無謀ともいえる返済を繰り返していた。しかし、ある時からさらに返済額が上昇していたのだ。それが、あの礼安とタイマンを繰り広げた後。
そのタイミングで、青ら子供たちは、『教会』埼玉支部に殴り込み。自分らを育ててくれた親であり姉である透が、これ以上痛めつけられている姿を見たくなかったのだ。
それゆえに、青たちが辿り着いた結論は、『チーティングドライバー』の実験体になること。それによって、多額の借金を多少軽くすることも考えるという、グラトニーのでたらめに乗ってしまったのだ。全ては、透に楽をさせたいため。親同然の存在に、借金の返済という恩返しをしたかったのだ。
しかし、望む結果が出なかったため借金帳消しはふいに、借金を水増しした上に利子すら増額。全て身勝手なグラトニーが招いたものであったのだ。
あの旅館に運び込まれ、グラトニーに乗っ取られたのは偽物の肉体。本当の青は、今しがた透が抱きとめている存在に他ならない。本当の肉体、そして本当の青は、すでに死亡しているのだ。意思なき怪人として生きていく以外に、青の残留思念は存在することすら許されない。それが、チーティングドライバーに適合しなかった者の末路であったのだ。
年端もいかない子供を食い物にし、挙句スラム街の人々を、さながら蟻を潰すかのような気軽さで徹底的に殺戮した。
それが、子供たちの行く末であった。借金返済が出来ず、実験台として怪人と成り果てた、青の人知れぬ戦いであったのだ。