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第37話 嫉妬心

 一度、演劇ワークショップに行った事がある。

 その時に言われたのだ。


 演技をしようと思っちゃダメ。

 本気の感情を、内側から引きずり出せ、と。


 実はその時講師から、君は演技がうまいと褒められた。

 台詞はかみかみ、棒立ち状態だったので驚いたのだが、演技は嘘をつけない人の方がうまいのだ、と謎のアドバイスをいただいてしまった。


 その時の感じを思い出す。

 アイラブユー。

 私はあなたが好き、という、子供だって知っているポピュラーすぎるセリフ。

 心をこめて伝えてみよう。私は、あなたの事が心から…………好き。


「I love you……」


 目をしっかり見つめながら言ってみた。

 嘘ではないけど、本当でもない。

 ワークショップで教えられた、演技のコツを試しただけ。

 あの時はわからなかった講師のアドバイスが、今ははっきりと腑に落ちている。


 そうか。こんな風に、言葉に感情をのせるんだ。

 今の私は、恥ずかしがる事もなく、はっきりと彼に愛の言葉を届けられていた。

 マナトさんは、うっ、と言いながら、私の肩口に顔を寄せてきた。

 自分が演劇モードに突入しているからわかるけど、これは何か……弾丸とか弓矢とか……を胸に受けたかのようなジェスチャーである。


「マナトさん??」


 不安になって名前を呼んだ。

 演技の魔法は一瞬で解ける。


「ああ、別に心配しないで。無自覚ビームが……俺のハートにヒットしただけだから」


 やっぱり何かが刺さった感覚らしい。


「ええっ?」

「ていうか、みかりん、俺に何かしたよね?」

「えっ?」

「俺を操作しようとしたでしょ」


 濡れ衣です、と言おうとして、ハッとした。


「あ……」


 演技の技を使ったことだろうか。

 ああ、確かに心当たりはある。


「ごめんなさい……」

「可愛い顔して、怖いな。君は。男心をくすぐる武器をいくつ隠し持ってるんだろう」


 どこか遠い目をしてマナトさんが言うから、私は違うの! と叫びたくなった。


「今のは演技で……」

「演技であんな事ができるんだ。怖いな」

「そうじゃなくて、演技って、嘘をつくんじゃないらしいんです」


 私は一生懸命、聞きかじりの演技論を語る。


「なるほどねえ。まあ、ちょっとだけわかるよ。つまり演技でもコミュニケーションでも、本気じゃないと伝わらないってことでしょ」

「そうなんです!」

「今のは本気の告白だったんだ」


 ニコニコ笑顔のマナトさんに、私は「そう!」とつい頷き、「あ、今のは言葉のあやで……」と訂正する。


「嬉しいねえ。本気の告白。気持ちよかった」

「マナトさん、あれはっ」

「うん。本当に毎日楽しいけど、そのうち君が可愛すぎて死んでしまいそう。この辺できりあげようか」


 マナトさんは肩を上下させながら、私から離れた。


「まあ、初めてにしてはナイスだったんじゃない? 発音も良かったし。君の声で言われる愛の言葉は殺傷力高すぎるけど」


 まただ。またさらっと褒めてくる。

 頬が上気するのがはっきりわかって、私は俯く。


「ありがとうございます……マナトさん」

「いえいえ。君のためなら、いくらでも力を貸すよ。青い目のイケメンに君を渡したくないからね」


 マナトさんにそう言われ、私は数分前のマナトさんを英会話について切り出した時の不機嫌顔を思い出す。


(もしかして、マナトさん、嫉妬してる?)


 ふとそんな思いが胸をよぎる。


「何? みかりん」


 マナトさんは笑顔で私の顔を覗き込む。

 神さまに選ばれし完璧な美貌。

 こんな彼が私に嫉妬してるだなんて……。


 ないない、と私はバカな考えを頭から払いのけたのだった。


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