午後からは、外のデスクで事務仕事。
「お疲れ様です。頑張ってますね」
ひょっこりと田中さんが現れた。
「お疲れ様です」
立ち上がってご挨拶。マナトさんほどじゃないけど田中さんも背が高い。
多少首を上にあげないと目線を合わせるのが大変だった。
田中さんは私に用事があったらしく、両手のひらを軽く前で握りあわせ、話しかけてきた。
「あの、実はとても急なんですが、今晩、総務の独身者だけを集めた飲み会があるんです。ご一緒しませんか?」
「えっ? お誘いくださるんですか? 私を?」
驚きすぎて思わず聞き返してしまう。
「ええ。私が社長秘書だった頃も、よく参加させてもらってたんですよ。その流れで朝倉さんもどうかな、と。秘書って孤独ですからね。どこかに仲間を作っておかないとキツいでしょ」
「それは喜んで。何時からでしょうか」
「ちょっと遅いんですが8時スタートです」
「ああ、だったら大丈夫です。お誘いありがとうございます」
「良かった。みんな、特に男性陣が朝倉さんに興味津々で……行くとわかったら万々歳ですよ」
田中さんは、ジェントルマンらしく気持ちよく私を持ち上げてくれる。店の名前と住所、参加費などを手早く伝えると、「ではまた後で」と片手を上げて去っていった。
一応ボスに報告をせねば、と思っていたら、ブザーが鳴った。
見ると、スケルトンなガラス窓の向こう側からマナトさんが私を手招いている。
もしかして、私と田中さんとのやり取りを見ていたのかも。
ナイスタイミング。
私は立ち上がった。
「さてと。田中と何を話してたの? 随分親密そうだったよね」
部屋に入るなり、あからさまな作り笑顔のマナトさんが尋ねてきた。
私にはわかる。今のマナトさんは機嫌が悪い。
(そうか。この人は、結構束縛が強い人だった……!)
さっきも英会話スクールは虫がつくから危ないと言っていた。
思春期の娘に対する母親さながらの過干渉である。
私は総務課の飲み会についてマナトさんに話した。今さら止められたらどうしよう、と不安を抱えながら。
「なるほど。田中も交えて飲み会ねえ。俺に許可なくいくことに決めた、と」
辛うじて笑顔をキープしているものの、マナトさんのこめかみはピクついている。
「だめだったんでしょうか?」
私は両目を見開いた。
「当然です」
マナトさんはきっぱりと言う。いきなりの丁寧語がかなり怖い。
「女子会ならまだしも、1人でも男がいるのなら俺の許可をとってからにしなきゃ」
「許可制なんですか!? (ど、どうして)」
頭の中に?マークが飛び交っている。
時間外に誰かと飲みに行くなんて、普通に今後もありうると思うのだけれど。
「みかりんは自分の立場をわかってないねえ」
マナトさんは立ち上がる。
「君は俺の大切な秘書だ。つまり君は俺のもの。わかるかな?」
至近距離まで詰められて、私は自然に後退する。
壁に背中をついた瞬間、彼の両肘が即壁につく。
両手の牢獄に私を閉じ込め、マナトさんは「君を男たちの前にさらしたくない」早口で告げた。
「私はモテないって言ってるのに……」
取り越し苦労のマナトさんに私は懸命に訴える
「君は本当に自分をわかってないね。いや。そうか。一度思い知った方がいいのかも」
謎のような言葉を吐くと、マナトさんはきっぱりとこう言った。
「分かった。その代わり約束してね。絶対に浮気はしない事。男に対して警戒を怠らないこと」
「分かりました」
私は大きく頷いた。
「あの、マナトさん、浮気ってどういう」
「他の男に目移りしちゃダメって事」
そう言われてホッとする。
「わかりました。それなら、絶対に大丈夫です」
「本当かなあ」
「本当です!」
自信満々に胸を張る。
頭の中はいつもマナトさんでいっぱいの私が、誰かに目移りなんて、起きるわけなかった。