二〇一七年五月十七日。
(やっぱり、いい。このマウンドは)
久しぶりのグラウンド。陽光に照らされた土の匂い、風に流れる石灰の粉末、遠くで響くキャッチボールの音。どれもが懐かしく、胸の奥をふるわせる。
仲間たちと交わす掛け声、泥にまみれたスパイクの感触、そして何より、このマウンドに再び立つという事実が、自然と頬を緩ませた。
けれど、投げる感覚は、もうあの頃のものとは少し違う。
筋肉の動き、肩の可動域、指の感触。どこかに微かな違和感がまとわりついて離れない。
それでも、俺は投げる。
たとえスピードが出なくても、丁寧に、ひとつひとつの球に意思を込めて。
この身体には、この身体なりの良さがある。
今の俺は、ただ力で押すのではなく、狙いすましたコントロールで勝負できる投手になった。
また、奇妙なことに、もともとの工藤光は利き腕すら違うというのに、輿水大気時代のフォームの残像がまだ身体に染みついている。自然と似た投げ方になっている気がする。
初めて信二が座って、キャッチャーミットを構えた時。
投げた瞬間の沈黙。高橋監督の目の動き。信二のわずかな表情の揺れ。
「どんなもんじゃい」
そんな虚勢の裏で、俺は密かに胸をなでおろしていた。
自分の感覚が、まだ生きているとわかったことが、たまらなく嬉しかった。
だが、それでも。
グラウンドの空気のすべてが、俺を歓迎しているわけではなかった。
りんや、はじめ……どこか俺を遠巻きに見ている視線がある。
突然現れた“転校生”。
誰よりも遅れてやって来たくせに、まるで当然のようにマウンドに立つその姿を、快く思わない者がいることくらい、肌でわかる。
同じクラスなのに、ほとんど誰とも話していない。
同じチームメイトですら、距離を感じる。
そして、部室の壁に飾られた、一枚のユニフォーム。
前の俺が着ていた、背番号のついたその布が、過去と現在を残酷に引き裂いて見せる。
あの時の声、笑顔、歓声。
もう戻れない場所。
それを知っているのに、つい手を伸ばしてしまうのは、きっと俺がまだ未練を捨てきれていないからだ。
「……俺って、やっぱり孤独だな」
誰にも聞かれないように、小さくこぼしたその声は、空に向かってゆっくりと昇り、
甲府の透き通るような青空に、音もなく溶けていった。