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第3話 Black sheep①

「やーっと着いたー!」


 そんな明るい声が、これまで見たこともないぐらいに豪奢な装いの駅構内に響き渡る。その後ろではライアンが眠そうな顔でくあっと大きな欠伸を浮かべていた。


「ほらライアン! 着いたよ、商業都市ハーネス・シティ!」

「んな大声出さなくても聞こえてるよ。ちょっと声のボリューム落としてくれ、フィー」


 フィーは深い青色をした瞳を不満げに細めて、気怠そうに伸びをするライアンを見る。


「何よ。ライアンは楽しみじゃないの?」

「……楽しみねぇ」


 ライアンがポリポリと頬を掻くのを眺めながら、フィーの腕の中で、イニが「残念ながらライにそんな感性は持ち合わせてないわよ」と退屈そうな声音で言った。


「えぇー!? だって、ハーネス・シティってこの国ではアローラ・シティに次いで大都市なんだよ? 知ってる?」

「それは汽車の中で散々フィーに聞かされて知ってるよ」


 ライアンはそう言いながら、イニがしょうがなく持っているパンフレットへと目を向ける。

 このパンフレットはルーバックの駅を出る時に、ハーネス・シティへ行くと告げると駅員がぎこちない笑顔とともに持って来てくれたものだ。それを暇だ暇だとうるさいフィーに渡すなり、分からない単語はイニに訊ねながらも齧り付くように隅々まで読み尽くしていた。

 それを何度も何度も読み返しては「寝かせてくれ」と懇願するライアンのことなど無視して、頼んでもないのにパンフレットの内容を目を輝かせながら熱く語ってくれた。


「何がここまでフィーの琴線に触れたかは分かんねぇけど、何にせよゴーマンさんに感謝だな」


 ライアンの手元にはゴーマンの屋敷を出た時にもらった、手帳から切り取られた一枚の紙が握られている。


「これを見た駅員達のあの慌てようを見ると、本当に凄い人だってことが分かるわね」


 そう言ってクスクスと楽しそうに笑うイニに、ライアンもつられて笑みを浮かべる。


「だな。最初はあんなに疑ってたのに、サインを見るなり急にバタバタし始めたもんな」

「ねっ。なんだか申し訳なくなっちゃった」


 フィーもどうやら同じことを思い出したようで、申し訳なさそうな、でもどこか楽しげな笑みを浮かべる。


「まっ、何はともあれそのおかげで、フィーがこの街に詳しくなったんだし、目的の店行く前に何か飯でも食おうぜ。腹減った」

「あっそれならパンフレットに美味しそうなお店載ってたんだよねー」


 イニからパンフレットを受け取ると、フィーは「ありがとー!」と楽しげな笑みを浮かべながら、ぱらぱらとページをめくる。


「ここでしょ? ここも美味しそうだしぃ……あっ、ここも行きたいんだよね。あーここもいいなあ。うーんでも……ねぇ、どうしようライアン!」

「いや、俺見てねぇから分かんねぇし。それで? フィーはどこがいいんだよ」

「えー……そうだなぁ。本当に迷っちゃうんだけど、こことか? 【スリースペード】ってお店なんだけど、パンフレット情報だとここが安くて美味しいんだって! それに、ハーネス・シティ名物のパイを食べるならまずはここって書いてあるし!」


 フィーがずいっと見せて来たパンフレットには、確かに彼女の言う通りの文言が書かれている。それに、どうやらこの店のパイは昔ながらの作り方をしているとのことで、確かに期待は持てそうだ。


「ほーん。ならそこにしてみるか。場所は? ここから近いのか?」

「どうだろ……地図も載ってるけど、あたし地図ってよく分かんなくて」

「まっ、それについては適当な人に訊きゃなんとかなるだろ。それにちょうどいいところにちょうどいい人もいるしな」

「ちょうどいい人?」


 しかし、ライアンはフィーの問い掛けを無視して、どこかへ歩き出してしまう。


「着いて行った方がいいかな?」


 フィーが訊ねると、イニはやれやれとでも言いたげにオレンジ色の目を向ける。


「まっ、知らない街だし、着いて行くのが賢明だと思うわよ」

「だよね」


 フィーがるんるんとした口調でライアンの方へ視線を向けると、彼は警察機構の制服を着た人物二人に声を掛けているところだった。その様子に、一瞬うっとたじろいでしまう。


「フィー? どうかした?」

「その……やっぱり警察の人ってあんまりいいイメージなくて……」


 その一言に、イニはすっと目を細めてフィーを見上げると、彼女の目には不安の色が浮かんでいた。そんなフィーの不安を和らげるかのように、彼女の腕を優しく叩く。


「なるほどね。でも、それはエリックでの話でしょ。ここがそうだとは限らないし、堂々としてなさい。それに、変にオドオドしてると逆に怪しいわよ」

「うぐっ、それもそうだよね。よし、じゃあライアンみたいに堂々とする!」

「……それもどうかと思うけど」

「えっ、そう?」

「当たり前でしょ? それにライの場合は――」


 そんな会話を遮るかのように、「なんだよそれ!」と怒りがふんだんに込められたライアンの声が聞こえてくる。


「もしかしてだけど、また喧嘩してる?」

「うーん、喧嘩……ではなさそうだけど」


 二人の視線の先には、信じられないと言いたげなライアンをしっしと追い払うような仕草をする警官の姿があった。


「ケチッ!」


 ライアンは警察二人組に向かって、んべっと舌を突き出すと、そのまま苛立たしげにフィー達の元へ戻ってくる。


「どうしたの?」


 フィーが不安そうに訊ねると、ライアンは不満そうにフンと鼻を鳴らした。


「あぁ。フィーの言ってた店はガキが行けるような場所じゃねえから他探せだとよ」

「何よそれ!」


 フィーは悲鳴のように言って先程の警官達を見ると、彼らはニヤニヤとした笑みを浮かべながら、こちらを見て何かを囁き合っている。


「何なのあれ! 信じられないんだけど!?」

「怒っても仕方ないわよ。みんながみんなリリィやジムのように優しいわけじゃないってことね」

「でもぉ……」


 イニはまあまあとでも言うように、フィーの腕をさすってくれる。その優しさに、フィーは何とか言葉を飲み込む。


「まあ、とりあえず街に出ようぜ。街の人に訊けば何か教えてくれんだろ」


 フィーはまだ不満そうな顔で渋々頷くと、先を歩き始めたライアンの後を追った。

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