「で、どうするよ? さっき言ってた店行くか?」
駅を出てすぐ、ライアンがフィーに向かって訊ねる。
「うーん。気にはなるけど、場所が分かんないとどうしようもないもんね」
「まあな。とりあえず最終的にその店に行けたらって感じだし、とりあえず何か食おうぜ。腹減ってしょうがねぇ」
「そうだね。あたしもお腹ぺこぺこだよ……あっ、あそこに露店もあるし、行ってみない?」
「あぁ、あの店か」
フィーが指差した先には、様々な種類のパンが並べられた露店があり、焼きたてのパン特有の甘い匂いが漂ってくる。
「すみませーん! パンくーださい!」
店先に辿り着くなり、フィーが元気いっぱい店主の男性に声をかける。
「おっ、嬢ちゃん元気いいなぁ。どれにする? ウチのパンはどれも一級品だからうめぇぞ!」
「えー迷っちゃうなあ……ライアンはどれにする?」
「んー俺はそうだなぁ」
オーソドックスな黒パンから、見たことのないパンまで種類は様々で、どれも美味しそうで目移りしてしまう。
「あたしはこれにしようかなあ。でもこっちも美味しそうだし……うむむ」
「フィーはどれで迷ってんだ?」
「えーっとね、これとこれとこれと後これ!」
「いや多いな……。おっちゃん、とりあえず俺はこのベーコンのやつ」
「あっ! それも気になってた! うーんどうしよ……あたしもそれにしようかなぁ……でもなぁ」
フィーはそう言いながら、眉間に深い皺を寄せてライアンを見る。
「あーもう俺のやつちょっとやるから、フィーは好きなもん食えよ」
「えっいいのー!? そしたらねぇ……あたしはクロワッサンにしよっと! いい?」
目をキラキラと輝かせて言うフィーに、ライアンはこくりと頷いて見せる。
「おっ、兄ちゃん優しいねぇ」
「別に優しくなんかねぇよ。じゃあおっちゃん、この二つでよろしく」
「おうよ。んじゃあパン二つで二十エルだ」
「はいはい二十エルね……ん? 二十、エル? 二十トロイの間違いじゃなくて?」
ポケットから紙幣を取り出そうとして、アイアンの手がピタリと止まる。
「あぁ。パン二つで二十エルだ」
柔和な笑みを浮かべる店員の顔を見てから、ライアンはフィーの腕の中にいるイニへと視線を向ける。
「イニ、ブリテライズにいた時のパンの値段は?」
「一番安い黒パンで、一つ五トロイね。一番高いものでも一エルはいかないわね」
「じゃあ、エリックだと?」
「見てないから分からないわね。フィーは分かる?」
「うーん……確か黒パンで八トロイぐらいじゃなかったかな? 一番高いパンは食べたことないから分かんないけど」
二人の言葉に、ライアンはだよなとため息を吐き出す。
「なぁ、おっちゃん。あんまりこんなことは言いたくないんだけどさ。パン二つに二十エルはさすがにぼったくりじゃね?」
瞬間、先程まで柔和な表情を浮かべていた店員の顔が、一気に冷たくなった。
「なんだ兄ちゃん。うちの店が高けぇってのか? この街でこんなに安くパンを売ってる店なんざ、他ぁ探しても見つかんねぇぞ。バカにしてんのか?」
「い、いやいやそんなんじゃねぇって! ただ、パンって庶民が食べるもんだろ? それなのにそんなに高いと食えないって話で……」
ライアンがそう言った瞬間、店員は小馬鹿にしたようにフンっと鼻を鳴らした。その様子が先程の警察二人組と同じで、ライアンは思わずムッとしてしまう。
「兄ちゃん達はあれか? もしかして今日この街に来たばっかりか?」
「……だったらどうしたってんだよ?」
「だろうな。この街は腐ってもこの国第二位の大都市だ。田舎と同じ値段で物が買えると思わないこったな」
「んな――ッ」
店員は怒りで何も言えなくなったライアンを一瞥すると、貧乏人には興味ないとばかりに、新しく来た客に向かって愛想笑いを浮かべ始める。
ライアンは目の前で買われていくパンを一睨みしてから、「行こうぜ」とそのまま店を後にする。
「ねぇ、よかったの? あの人が言うにはここで一番安いんでしょ?」
フィーがライアンの背中を追い掛けながら訊ねると、ライアンはピタリと足を止めるなり、長い息を吐き出した。
「逆に訊くけど、フィーはあんなこと言われた店で買ったパンを食いたいと思うか?」
「……あんまり食べたくはないかも」
「だろ? 例えあそこのパンがどれだけ凄かったとしても、あんなこと言われたんだよなって考えちまうだけで美味さは半減しちまうんだ。なら、別のとこで美味いもん食おうぜ」
ライアンは目尻を上げてフィーの背後に見える露店を睨むと、そのまま苛立たしげに再び歩き始める。その背中に付いていきながら、腕の中のイニへと視線を向ける。
「あたしにはよく分かんないけど、そう言うものなの?」
「機械人形の私に分かるわけないでしょ? でもまっ、ライアンとしてはそうなんじゃない?」
イニはやれやれとでも言いたげに首をすくめると、「でもね」と続けた。
「どうせ楽しいことをするなら、少しでも楽しい方がいいとは思うわ」
「ふーん?」
フィーはちゃんと意味が分かっているのかどうか怪しい返事をしながら、ついっと空を見上げる。雲がまばらに浮かぶ青空を三羽の小鳥が楽しげに飛んでいる姿を眺めながら、「そうなんだ」と誰に言うでもなく呟いた。