「どこもかしこも高っけぇ……」
大広場にある階段の上。ガックリと項垂れながら、ライアンがぼやく。その隣では、フィーが嬉しそうな顔で焼き立ての白パンに齧り付いていた。
顔を上げると遠くで車が黒い煙を吐き出しながら何台も走っていて、高価なそれが行き交うその光景を眺めていると、改めてここが大都市なのだと痛感する。
「でも美味しいよ? エリックでもこんなに美味しいパン食べたことないもん」
「まあ……美味いのは認める。でもな? 黒パン一つ買うのに七エル。コーヒー一杯で四エル。リンゴ一つで一エル。んで、一番安い宿で一部屋二六〇エルって何だよ。物価高すぎだろこの街。満足に腹も膨らませらんねぇ」
ライアンはそう苛立たしげに言うと、フィーが食べているのと同じ白パンに齧り付く。柔らかい食感と共に、小麦の甘い香りがふわりと香り、バターの甘味が口いっぱいに広がる。
「ただ、マジで美味いんだよなあ……」
はぁと大きなため息を吐きながら、ライアンは正面を睨む。道ゆく人々はライアン達に見向きもせず、忙しなく歩き去っていくばかりだ。
「それにしてもお客さん、全然来ないね」
「……だな」
最初こそは流れの修理屋という物珍しさから数人が声をかけてくれたが、値段設定を聞くなり怪訝そうな顔をしてそのまま去ってしまった。
「やっぱりこれだけ大きい街だと修理屋って多いのかな?」
「それもあるだろうな」
「なーんか別の理由があるみたいな言い方だけど、他にも理由があるの?」
「確証はねぇよ。ねえけど……多分値段が安過ぎるんだろうな」
「えぇ!? 安いのにダメなの?」
フィーが驚きのあまり、危うく手に持っていた白パンを落としかける。
「ダメってことはねぇけど、この値段じゃ信頼できねえんだろうな」
「信頼って?」
「簡単に言やあ、この街じゃ質が高いサービスにはそれ相応の値段が発生するって考えが主流ってことだよ」
ライアンの言葉に、フィーの頭には疑問符が大量に浮かぶ。
「でも、安くて質がよかったら一番いいんじゃないの?」
「それはこの街以外の考えってことね。ここまで物価が高いと、値段が安過ぎると粗悪なサービスじゃないかって疑われちゃうんでしょうね」
フィーの膝の上で足をぷらぷらとさせていたイニが、少しだけ不機嫌そうに言う。ライアンもそれに同調するように、数回頷いて見せた。
「そーいうこった。つまり、この街ではサービスの質がいいことを証明するにはそれ相応の対価を要求する必要があるってこったな。俺達みたいにこんな格安で修理しますって宣言してると、自分から質が悪いですって言ってるのと同じなんだよ」
「何それ!?」
フィーが悲鳴のような声で言うと、ライアンはどうしたもんかとでも言いたげに息を吐いた。
「じゃ、じゃあ値段を上げたらお客さんが来るってこと?」
「そんな単純な話じゃねぇだろうな。俺達がここに来てから結構時間も経ってるだろ? なのに客が一人もいないってこたぁ何か問題があるって考えるのが普通だろうな。だから、今値段を上げたとしても、そもそも人がここにいなけりゃ意味がねぇんだよ」
「そんな……」
何も言えなくなるフィーをちらりと一瞥してから、ライアンは再び正面へと視線を向ける。
「それはこの街の考え方だから、俺らがとやかく言える問題じゃねえ。癪だけど、さっきのパン屋だって、値段が高いって言われて怒ったのは至極当然のことだったっつーことだ。自分が自信を持って作ったパンに高いってケチつけられちゃ、職人としてのプライドが傷付く。そう言う意味では俺らの態度の方が失礼だったってことだよ」
「で、でもさぁ……」
「まあ、フィーの言いたいことだって分かる。それに、いくらなんでもあの態度は客に失礼だと俺も思うしな。だから別に謝罪に行こうなんざ少しも思ってはねえけど、こうして現状を鑑みると納得はしたよ。まっ、フィーも俺と同じように納得しろとは言わねえけどさ」
そう言って笑うライアンに、フィーの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「ライアンがそう言うなら別にいっかなー」
「なんだそれ。俺が怒ったらフィーも怒んのかよ」
「うーんそう言うわけじゃないんだけど……。なんて言えばいいかなぁ。あたしが怒ってたのはライアンの技術をバカにされたんじゃないかって思ったからであって、もちろんそう見られたことに対しては不満があるんだけど……」
「けど?」
「あたしが怒る問題じゃないなって思っただけ。ライアンが我慢してるなら別だけど、キミは嘘が吐けない人だからそんなこともないだろーし。そうなるとあたしの中では納得いかなくても、解決はしたかなーって」
そう言ってニッと白い歯を見せて笑うフィーに、ライアンも少しだけ表情を崩して「そっか」と短く答えた。