「あー……二人だけの世界に入ってるとこ悪いんだけど」
「「入ってない!」」
「相変わらず息ぴったりね、アンタ達。そんなことより待望のお客様よ」
フィーの膝の上で、うんざりと言った顔をしているイニが言う。ライアン達が顔を正面に向けると、そこには整った身なりをした初老に差し掛かった男性が一人、優しそうな笑みを浮かべて立っていた。
「悪い、話し込んでた。何か依頼?」
「いや、依頼ではないんだ。そもそも君達が何をしているのかも知らないからね。ただ、たまたま近くで休んでいると君達の話が聞こえて来てね。興味を惹かれてついフラッと来てしまったと言うわけだ。迷惑だったかな?」
男性はそう言うと、どこか照れ臭そうな笑みを浮かべる。年齢の割に若々しい印象を受ける人だと、ライアンは変な関心をしてしまう。
「どうかしたかな?」
「あぁ、いや。迷惑だなんて思ってないさ。ただ、おっちゃんが言うのももっともだと思っただけだよ」
「ハハハッ! おっちゃんか! 久々にそんな風に呼ばれたよ」
何がツボにハマったのかは分からないが、男性は声を上げて笑う。その様子に、フィーがどこか訝しそうな視線を向けながら、ライアンの耳元に口を寄せる。
「ねぇ、初対面の人におっちゃんは失礼じゃない? 謝った方が……」
「いやいやお嬢さん。気にしてないさ。むしろ、そうやって呼んでくれる気楽さに感心していたくらいだ。それに、そもそも名前を名乗っていない私が悪いのだからね。改めて、私はロビンソン・リーガス。よろしく頼む」
そう言って差し出された右手を握り返すと、その皮の厚みに驚いてしまう。しかし、そんなライアンの様子に気が付いたのか、リーガスと名乗った男性は紳士然とした笑みを浮かべて見せたので、ライアンは何も気が付かなかったフリをする。
「だとしても悪かったよリーガスさん」
「何。本当に気にすることなんかないさ。なんなら気軽にロビンと呼んでくれ」
「じゃあお言葉に甘えて。ロビンさん、俺はライアン・カーライル。それで、こっちがフィー・ソムニウム」
「よ、よろしくお願いします……ロビン、さん」
「あぁ、よろしくソムニウムさん。とてもステキなお召し物だ」
そう言ってウィンクするリーガスに、フィーは「ど、どうも」と小さな声で答えると、そのまま警戒を最大にさせながらライアンの服の裾を弱々しく引っ張る。それに気が付かないフリをして、そのままフィーの足の上に座るイニに視線を向ける。
「それから、ここにいるのが機械人形のイニだ」
「よろしくね」
「……これは驚いたな」
リーガスはそう言ってその黒い瞳を丸くする。
「ただの機械人形だと思っていたが、喋るのか。あぁ、気を悪くしたならすまない。遠目に動いているのは見ていたのだが、こうして話すことができるとは思わなかったんだ」
「そりゃ普通の機械人形は喋らないもんね。あっ、フィーあれ見せたげて」
イニのウキウキとした声音には、自分が特別な機械人形であることが、第三者からの補償付きで証明されていることに対する嬉しさが滲み出ているようだった。だからフィーは何も言わず、ライアンに用紙を手渡す。
「ありがとな。ロビンさん、これが証拠ね」
「ほう、随分立派な紙だな。どれどれ」
リーガスは紙を受け取ると懐から老眼鏡を取り出した。その仕草に、ライアンは不思議な親近感を覚えてしまう。何だろうと思い返せば、それは幼い頃に亡くなった祖父と同じ仕草だと気が付いて、思わず頬が緩む。
「なるほどエリックの警察署……ふむ」
隅々まで読み込むと、リーガスは小さく頷いてその用紙をライアンへ返してくれる。
「君達はエリックから来たのか」
「まあそんなとこ」
「それはここの物価にさぞ驚いたことだろう。あそこは景色がいいだけじゃなく、物も安く人も賑やかだ。この街とはまるで違う」
「ロビンさんもエリックに行ったことが?」
ライアンが訊ねると、リーガスは少しだけ懐かしむ目で空を見上げた。
「もう随分前のことだがな。あの石橋の上で、ビール片手によく景色を眺めたものだ。あそこから見るボルト山は絶景だった」
「へぇ。やっぱりあの石橋って有名なんだ」
「もちろんだとも。それに比べてこの街は……建物ばかりが高く、自然も見えなけば、街中にいるとボルト山の頂上すら見えやしない。それに、人も忙しない。大きな街特有のものだと言われればそれまで何だがね」
リーガスに釣られるように三人は辺りを見渡す。
巨大な駅と数々の店が立ち並ぶ大通り。その間を忙しくなく沢山の車が走り回っている。
そして、視線の少し先には巨大な噴水と、その前に設置された誰かの銅像が見える。
「なんだよ、ロビンさんはこの街が好きじゃないのか?」
「この街に限った話じゃないさ。ただ、忙しい日々が続くと自然や人の温かさが恋しくなる瞬間があると言うことだ」
「……へぇ」
ライアンが目を細めるのと、きゅうと何かが小さく鳴いたのは同時だった。ライアンが片眉を上げてそちらに視線を向けると、フィーが真っ赤な顔をして俯いている。その膝の上では、イニがやれやれとでも言いたげに肩をすくめている。
「ハッハッハ! 腹が減るのは生きている証拠だ。どうだね、せっかくの出会いだ。ご馳走しよう」
「いやいやいいよ! ここの物価は高いって言ったのはロビンさんだろ?」
「構わんさ。それに、食事は一人で食べるのもいいが、たまには大勢でテーブルを囲むのも悪くない」
リーガスは言いながら老眼鏡を丁寧な所作で懐へしまうと、フィーへと笑いかける。
「行きたい店があるんだが、どうも老人一人では入りにくくてね。もしよければ一緒に来てくれると嬉しいのだけれど、どうだろう?」
そんな一言に、昔は随分な遊び人だったのだろうと考えながらライアンは立ち上がる。
遠くから聞こえてきた鐘の音が、まだ空きのあるライアンの腹を揺らしたような気がした。