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第18話

「仇は討っただと?」


 光秀は不審に思い孫策を見るが、矢が刺さっていたり怪我はしているものの、これといって変わった様子はない。


 光秀は駆け寄り、


「殿、ご無事ですか?」


と、手を差し出す。


「ああ、助かったぞ呂蒙」


 孫策は微笑み、光秀の手を堅く握ると立ち上がった。


「さあ、戻りましょう」


 光秀が肩で孫策を支えると、秀満もすかさず駆け寄り、もう一方を支えた。


「秀満と言ったか、すまんな。さて、君らの関係を教えてもらおうか。父とはどういうことか?」


「殿、話すと怪我に響きますぞ。まずは本陣に戻りましょう」


 光秀の言うように、孫策の言葉は歯切れが悪く、ところどころで息も切れる。


 顔色も先ほどより血の気が失せ、体に力が入らないのか、担ぐ肩の重さが増した。


 しばらく歩いているのだがなかなか進まない。


「……うっ、ごほっ」


「殿!?」


 孫策が喀血した。尋常ではないほど赤黒い血を吐く。


「まさか、毒か!?秀満しばらく頼む。儂は本陣へ向かい、医師を連れて参る」


 光秀はそう言い残すと駆けた。足が砕けても構わぬ、それほど強い思いで駆けた。


「殿ー」


 遠く前方から光秀を呼ぶ声が聞こえる。目を凝らして見るとそれは別方向を探索していた利三であった。


「利三、ちょうど良い所に。詳しいことあとだ。本陣へ駆け医師を、周瑜殿を連れてきてくれ。我らはこの先におる」


 光秀は孫策らのいる方を指差しながら利三に指示した。


 利三も光秀のただならぬ様子に、


「承知いたした」


と、何も聞かず本陣へと向かった。


 光秀は来た道を引き返し、孫策の下へと再び駆けた。


「父上!」


「殿はどうだ?医師は途中利三に会ったので頼んできた」


「利三……利三殿もおられるのですか?」


「うむ」


「……り、呂蒙」


「殿!」


 二人が言葉を交わしていると、孫策の目が見開いた。


 だが焦点は合っておらず、白目も黄色く濁り、唇も紫に変色していた。


「……不覚、我が命もまもなく尽きよう」


「何を弱気な、直に医師も来ますゆえ気をしっかりと」


「気休めはよせ。冥土の土産に、君が何者か教えよ」


 苦しげに、息も絶え絶え孫策が問う。


 光秀とて孫策の手を取り、励ましてはいるが、およそ助からないであろうことは気づいている。


 光秀は瞑っていた目を静かに開くと話し始めた。


「私の本名は明智光秀。この国で言う倭の武将でござる。こちらにいる男は明智秀満、私の娘の婿、つまり義理の息子。利三は斎藤利三。我が家臣でございます」


「なんと、君も倭より参ったと申すか。倭とは優秀な武将が多いのだなぁ」


「なんの。孫策殿の配下はもっと優秀ですぞ」


「ふふ。して、本物の呂蒙は?」


「呂蒙殿は刺客らの罠にかかり……そこで姿形の似た私が呂蒙殿に成り代わり、お仕えした次第でございます」


「そうか、本物の呂蒙の代わりに」


「お役に立てませんでしたが……」


「滅入るな。君の失態ではない。この孫策の不注意だ」


 光秀の目からは悔しさと悲しみが入り混じった涙がこぼれた。



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