「仇は討っただと?」
光秀は不審に思い孫策を見るが、矢が刺さっていたり怪我はしているものの、これといって変わった様子はない。
光秀は駆け寄り、
「殿、ご無事ですか?」
と、手を差し出す。
「ああ、助かったぞ呂蒙」
孫策は微笑み、光秀の手を堅く握ると立ち上がった。
「さあ、戻りましょう」
光秀が肩で孫策を支えると、秀満もすかさず駆け寄り、もう一方を支えた。
「秀満と言ったか、すまんな。さて、君らの関係を教えてもらおうか。父とはどういうことか?」
「殿、話すと怪我に響きますぞ。まずは本陣に戻りましょう」
光秀の言うように、孫策の言葉は歯切れが悪く、ところどころで息も切れる。
顔色も先ほどより血の気が失せ、体に力が入らないのか、担ぐ肩の重さが増した。
しばらく歩いているのだがなかなか進まない。
「……うっ、ごほっ」
「殿!?」
孫策が喀血した。尋常ではないほど赤黒い血を吐く。
「まさか、毒か!?秀満しばらく頼む。儂は本陣へ向かい、医師を連れて参る」
光秀はそう言い残すと駆けた。足が砕けても構わぬ、それほど強い思いで駆けた。
「殿ー」
遠く前方から光秀を呼ぶ声が聞こえる。目を凝らして見るとそれは別方向を探索していた利三であった。
「利三、ちょうど良い所に。詳しいことあとだ。本陣へ駆け医師を、周瑜殿を連れてきてくれ。我らはこの先におる」
光秀は孫策らのいる方を指差しながら利三に指示した。
利三も光秀のただならぬ様子に、
「承知いたした」
と、何も聞かず本陣へと向かった。
光秀は来た道を引き返し、孫策の下へと再び駆けた。
「父上!」
「殿はどうだ?医師は途中利三に会ったので頼んできた」
「利三……利三殿もおられるのですか?」
「うむ」
「……り、呂蒙」
「殿!」
二人が言葉を交わしていると、孫策の目が見開いた。
だが焦点は合っておらず、白目も黄色く濁り、唇も紫に変色していた。
「……不覚、我が命もまもなく尽きよう」
「何を弱気な、直に医師も来ますゆえ気をしっかりと」
「気休めはよせ。冥土の土産に、君が何者か教えよ」
苦しげに、息も絶え絶え孫策が問う。
光秀とて孫策の手を取り、励ましてはいるが、およそ助からないであろうことは気づいている。
光秀は瞑っていた目を静かに開くと話し始めた。
「私の本名は明智光秀。この国で言う倭の武将でござる。こちらにいる男は明智秀満、私の娘の婿、つまり義理の息子。利三は斎藤利三。我が家臣でございます」
「なんと、君も倭より参ったと申すか。倭とは優秀な武将が多いのだなぁ」
「なんの。孫策殿の配下はもっと優秀ですぞ」
「ふふ。して、本物の呂蒙は?」
「呂蒙殿は刺客らの罠にかかり……そこで姿形の似た私が呂蒙殿に成り代わり、お仕えした次第でございます」
「そうか、本物の呂蒙の代わりに」
「お役に立てませんでしたが……」
「滅入るな。君の失態ではない。この孫策の不注意だ」
光秀の目からは悔しさと悲しみが入り混じった涙がこぼれた。