「そのことは誰にも話すな。そして呂蒙としてこの国を支えていってくれ」
そう呟くと、孫策は昏睡状態となった。
光秀はそんな孫策を見て、男泣きに泣いた。孫策を守れなかったこと、呂蒙との約束を果たせなかったこと。
思いはとめどない涙となって溢れだし、何度も何度も地を打ち据えた。
それから間もなく周瑜らが到着した。
光秀は周瑜の姿を見ると、地面を頭突きするように土下座をする。
だが周瑜はそれに見向きもせず、孫策の頭を抱えると、
「伯符、伯符」
と、何度も呼びかけた。
すると、孫策はうっすらと目をあけた。だが見えていないのか周瑜の顔を探るような手つきをし始めた。
「公瑾、すまん。後の事は君と
「何を言うか、これから許都を攻めるのであろう?」
「君ならこの状況がわかるはずだ」
周瑜は何も言い返せなかった。
「兄上!」
「その声は仲謀。良いか、お前は国を豊かにし、繁栄させることに関しては兄以上だ。有能な臣の言葉に耳を傾け、内は張昭を、外は公瑾を頼れ」
まだ年若い
孫策はそれが見えているかのように優しく微笑むと、静かに目を閉じていった。
「孫家を頼むぞ……」
そう言い残すと、周瑜が抱えていた孫策の頭が鉛のように重くなり、体からは生気が抜け落ち、微塵ほども動かなくなった。
辺りはすすり泣く声が響き渡り、天からの遣いが舞い降りたかのように静かな川面がきらりきらりと光り輝いていた。
「仲謀殿……いえ、殿。本陣へ戻りましょう。許都侵攻は中止とし、遺言通り広く賢者を集め、豊かな国造りを」
周瑜は涙を流すのをやめた。悲しみで胸がいっぱいなのをこらえ、新たなる君主孫権に、今後の政策を進言した。
「呂蒙と利三に命じる。本陣まで殿を護衛せよ」
「はっ」
任務を全うできず打ちひしがれていた光秀に、周瑜が命じる。
光秀は再び周瑜に土下座をすると、
(今度こそ。三度目の失敗は絶対に起こさぬ)
と、胸に固く誓い、孫権を守り本陣へと向かった。
翌日、孫策の盛大でありながらも厳粛な葬儀と共に、孫権を新たな主君として奉じる儀式が執り行われた。
孫権の宣言により、許都侵攻軍は解体され、家臣一同本拠地の呉へと帰還することとなった。
光秀は周瑜の代行として孫策の棺を守り、呉へと戻る部隊を任せられていた。
「義父上」
「秀満、公式の場では呂蒙と呼べ」
「は、すいません。では呂蒙様。このまま身分を偽り呉に留まるつもりですか?」
「うむ、この時代に飛ばされた理由はわからぬが、呂蒙となり呉を守るのが私に与えられた使命なのであろう」
「しかし……」
秀満は明智光秀が明智光秀として生きて行かないことに不満を感じていた。
以前の光秀は冷静沈着であり武芸全般嗜むが、信長という絶対の存在のためか、気の弱さが露わで、それが災いして能力を出しきれずにいた。
今はその信長もいない。光秀ほどの博識と武勇、統率力があるならば、この国で覇を競うことも可能ではないかと、秀満は思っていたのだ。