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第7話

 すると高幹の側から一台の監車が押し進められてきた。


 秀満陣内が肩すかしされたかのようにざわめく。だが杜畿一人だけ息を呑んで、蒼白となっていた。


「どうなされた?」


 杜畿の様子がおかしいことに気づいた秀満が問う。


「あの監車の人物、賈逵と申す者。彼の救出も我らの任なのだが……」


「なるほど。ならば無闇に手出しするわけにもいかぬ、ということか」


「申し訳ござらん。救出に潜入している者もおるのだが、こうも露わにされては動けんであろうなぁ」


 秀満は全部隊にこちらからの攻撃を禁じると、光忠を呼び寄せ対策を考えた。


 日が暮れるころになっても高幹は仕掛けて来ず、両軍のにらみ合いが続く。


 やがて信忠の本隊が到着し、各将は信忠の下に集い、軍議を開いた。


 信忠は人質の救出を最優先とした。軍を分けて高幹軍に夜襲をかけ、その隙に奪還することを蘭丸が提案する。


 光忠はこれに賛同したが、部隊を分ける動きは相手に悟られると秀満と杜畿は反対した。


 監車には護衛の兵もいれば、常に多数の弓矢も向けられているため、ちょっとした動きでも刺激しかねない。


 秀満は極少数による人質奪還を対案として唱えた。


 深夜に秀満自身が十人ほどの強者を率いて向かうと言う。


 所が前線の兵から監車の撤退がなされたと報告が入る。


 これを受けて杜畿が高幹軍に潜り込んでいる者との連携を提言し、それに秀満の案を組み入れて、賈逵の救出軍を編成することとした。




 夜。日は完全に落ち、寒ささえ感じる。


 体力もすでになく、着るものさえまともに与えられていない賈逵には、身が凍るようであった。


「高幹殿を呼んでくれぬか」


 震えながら護衛の兵に縋るように話しかけた。


「何の用だ?」


「大事な話があるのだ。頼む」


 賈逵は自尊心さえ捨て去り一般の兵に土下座した。


 ここまでされると兵にも人情があるのだろう、高幹を呼んできてくれた。


 高幹は眠そうに目をこすりながら、不機嫌そうにやって来た。


「なんだ、こんな夜更けに」


 高幹は苛立ちを露わに賈逵に話しかけた。


「大事な話でございます。人払いを」


 賈逵が懇願する。


「大事な話だと?」


「はっ。私が天文を見るのはご存知でしょうか?高幹様の身に危険が及んでおられるのですが……」


「な、なに?まことか?」


「かなり身近に……であるがゆえに人払いを」


 賈逵が再び土下座する。真剣な顔で話されると高幹も気になって仕方なく、


「そなたら、下がっておれ」


 と、あっさりと近衛を下げた。


「して、なんじゃ?教えよ」


 賈逵の言葉に怯えたのか、早い口調で慌てるように問いただした。


「あの白く輝く星。あれは高幹様の星でござる。その星が輝いては消えるのがわかるでしょう。あれは古来より危難を示す凶事でござる」


 高幹が賈逵の指差す方を見上げると、確かに星が点滅している。


「高幹様の星よりやや左に赤白く輝く星がありますな。あれは高幹様に害を与えようとする者の星、すなわち守就の星でござる」


「なんだと!?」


「心辺りございましょう?」


「むう……」


 高幹は深く考えずとも思い当たる節はあった。


 主君に対する発言が挑発的で見下している部分もそうだが、突然になって出陣を取りやめ、城に残っているのが気にかかる。


 賈逵は高幹の思考を遮るべく話を続けた。


「高幹様の星の上に眩い光の星がありますな。あれは曹操の星でござる。また下には薄く輝く星、これが袁尚の星」


「ええい、何が言いたいのかはっきりと教えよ!」


 焦らすようにゆっくりと話す賈逵を急かす。


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