すると高幹の側から一台の監車が押し進められてきた。
秀満陣内が肩すかしされたかのようにざわめく。だが杜畿一人だけ息を呑んで、蒼白となっていた。
「どうなされた?」
杜畿の様子がおかしいことに気づいた秀満が問う。
「あの監車の人物、賈逵と申す者。彼の救出も我らの任なのだが……」
「なるほど。ならば無闇に手出しするわけにもいかぬ、ということか」
「申し訳ござらん。救出に潜入している者もおるのだが、こうも露わにされては動けんであろうなぁ」
秀満は全部隊にこちらからの攻撃を禁じると、光忠を呼び寄せ対策を考えた。
日が暮れるころになっても高幹は仕掛けて来ず、両軍のにらみ合いが続く。
やがて信忠の本隊が到着し、各将は信忠の下に集い、軍議を開いた。
信忠は人質の救出を最優先とした。軍を分けて高幹軍に夜襲をかけ、その隙に奪還することを蘭丸が提案する。
光忠はこれに賛同したが、部隊を分ける動きは相手に悟られると秀満と杜畿は反対した。
監車には護衛の兵もいれば、常に多数の弓矢も向けられているため、ちょっとした動きでも刺激しかねない。
秀満は極少数による人質奪還を対案として唱えた。
深夜に秀満自身が十人ほどの強者を率いて向かうと言う。
所が前線の兵から監車の撤退がなされたと報告が入る。
これを受けて杜畿が高幹軍に潜り込んでいる者との連携を提言し、それに秀満の案を組み入れて、賈逵の救出軍を編成することとした。
夜。日は完全に落ち、寒ささえ感じる。
体力もすでになく、着るものさえまともに与えられていない賈逵には、身が凍るようであった。
「高幹殿を呼んでくれぬか」
震えながら護衛の兵に縋るように話しかけた。
「何の用だ?」
「大事な話があるのだ。頼む」
賈逵は自尊心さえ捨て去り一般の兵に土下座した。
ここまでされると兵にも人情があるのだろう、高幹を呼んできてくれた。
高幹は眠そうに目をこすりながら、不機嫌そうにやって来た。
「なんだ、こんな夜更けに」
高幹は苛立ちを露わに賈逵に話しかけた。
「大事な話でございます。人払いを」
賈逵が懇願する。
「大事な話だと?」
「はっ。私が天文を見るのはご存知でしょうか?高幹様の身に危険が及んでおられるのですが……」
「な、なに?まことか?」
「かなり身近に……であるがゆえに人払いを」
賈逵が再び土下座する。真剣な顔で話されると高幹も気になって仕方なく、
「そなたら、下がっておれ」
と、あっさりと近衛を下げた。
「して、なんじゃ?教えよ」
賈逵の言葉に怯えたのか、早い口調で慌てるように問いただした。
「あの白く輝く星。あれは高幹様の星でござる。その星が輝いては消えるのがわかるでしょう。あれは古来より危難を示す凶事でござる」
高幹が賈逵の指差す方を見上げると、確かに星が点滅している。
「高幹様の星よりやや左に赤白く輝く星がありますな。あれは高幹様に害を与えようとする者の星、すなわち守就の星でござる」
「なんだと!?」
「心辺りございましょう?」
「むう……」
高幹は深く考えずとも思い当たる節はあった。
主君に対する発言が挑発的で見下している部分もそうだが、突然になって出陣を取りやめ、城に残っているのが気にかかる。
賈逵は高幹の思考を遮るべく話を続けた。
「高幹様の星の上に眩い光の星がありますな。あれは曹操の星でござる。また下には薄く輝く星、これが袁尚の星」
「ええい、何が言いたいのかはっきりと教えよ!」
焦らすようにゆっくりと話す賈逵を急かす。