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第9話

 使者が立ち去ると、皆思い思いに口を開き、道三の身を案じた。


 だが、道三は一向に介さず、むしろ嬉々として、


「虎穴に入らずんばなんとやらじゃよ。さて、では参るかな。信忠殿、兵をお借りしますぞ」


と、足取り軽く出ていこうとした。


 信忠はそれを呼び止めた。


「道三殿に何かあっては義母上が悲しまれます。他に誰か行かせますゆえ……」


「かっかっか。あやつはそれほどやわではないぞ。それに最近働いておらんでのう、このままでは呆けてしまいそうじゃ」


 道三は信忠の心配を笑い飛ばし、出ていった。


 道三に任すとは言ったが、まさか道三自身が出陣するとは思っておらず半ば後悔した。


「秀満、単身で道三殿を追ってくれぬか。光忠と杜畿殿はすぐに動けるよう備えていてもらいたい」


 臨機応変に対処できるよう指示を出すと、信忠は幕の外へ出て道三の無事を祈った。



 だがそんな信忠の心配は杞憂であった。道三が高幹の陣に到着すると、高幹自らが迎えた。


 道三は笑顔を見せながら高幹の様子を探ると、目は真っ赤に充血し、時折見せる不安げな表情は何かに怯えている小動物のようであった。


 賈逵はああ言ったものの実際に降伏…それも仮初めのものであり、見破られれば曹操は許さないであろうし、守就もすでに気づいているだろうから城に戻ることもできない。


 そんな不安な思いが表情に現れていた。


「さて、降伏ということじゃな。城を明け渡してもらいますぞ」


「う、うむ……」


 返答の歯切れも悪い。


「出来ぬのか?」


 道三は低い威圧的な声で試すような問い方をした。


「い、いや、城にいる者は儂に反抗的で、降伏を納得するか……」


「説得するのもおぬしの役目であろうに」


 道三は呆れ果てた。自身の部下も御せず、何より自分の保身を優先する姿勢を見下した。


 そうこうしていると、外がやけに騒がしくなる。


「何事じゃ」


 道三が外の兵を呼ぶ。


「匈奴の軍勢が太原を攻めたのです」


 入って来たのは先日まで監車の中にいた人物であった。


「曹軍の方とお見受け致します。今は時間がないため詳しくは後ほど」


 賈逵は簡単に挨拶だけ交わすと、高幹に詰め寄り、


「呼厨泉が動きましたぞ。高幹殿も城を攻め立てなされ」


と、城攻めを促した。


 高幹が出撃を命じる。


 先ほどとは別人のような変わり様で軍を指揮している。


「何が何やらよくわからんが、内紛しているのは間違いないようじゃの」


 道三は信忠に早馬を送り、内紛のことを伝えるとともに高幹の陣までの前進を進言すると、手持ちの兵を引き連れて、賈逵の軍に参戦した。



 この事態に、より驚いていたのは守就であった。昨日の味方が城を攻めてくるのだから無理もない。


 守就は人質を盾に、曹軍をも蹴散らそうとしていたのだが、到着した曹軍に思いもよらぬ旗が翻っていた。


 幾度か信長軍という単語は聞いたが、まさか織田信長のこととは思わず、聞き流していたのだが、それが今、目の前に現れたのは紛れもない旧主の旗印であった。


 守就は城外を高幹に任せ、自身は城に引きこもり目立たないように後方指揮に専念しようとした矢先のことである。


 夜明け早々に匈奴軍を信長軍にぶつけようと使者を派遣したのだが、その使者は物言わぬ姿となり送り帰されてきた。


 その直後、匈奴軍の襲撃の報が入り、また人質の賈逵の姿がないことも報じられた。


 匈奴軍は平地の戦に強い軍勢で城攻めは苦手としていたため、寡兵ながらもなんとか互角以上に戦えた。

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