不戦や和解の意志など互いに毛頭ないため、結局は挑発の応酬となり、それを終えると各々持ち場へと戻っていった。
それでも顔を合わせればわかるもので曹操は信玄を難敵と認識し、また信玄も曹操を流石は英傑と再認識した。
曹操は帰陣するとすぐ、史渙と韓浩を呼び、陣形の変更を命じた。
武田軍の敷く中央が厚い鶴翼の陣形に、三角を成す曹操軍の陣形は不利であった。
今のまま開戦すると、張遼隊のみが三方を攻められ、そのまま順に各個撃破と、曹操方の戦線が狭い範囲に限定されるため、武田に有利な戦況となってしまう。
これを回避するためには、武田の両翼隊にそれぞれ一隊ぶつければ良い。つまりは曹操軍も武田軍と同じ鶴翼の陣形にすることが一つの解決策となる。
曹操に下知を受け、史渙隊が張遼隊の左に、韓浩隊が右に移動を開始した。
だが信玄がそれを見逃すはずもなく、すかさず攻撃の指令を与える。
高い機動力を誇る山県昌景、高坂昌信の騎馬隊が史渙、韓浩隊に速攻をしかける。
態勢の整わない史渙、韓浩隊はこの攻撃になすすべもなく、一旦退かざるを得なくなった。
武田軍は深追いせず、先制をしかけ、逃げ出したのを確認するとすぐに兵を退いた。
曹操は懲りずに再び陣替えを試みる。
だが、やはり騎馬隊の攻撃に邪魔され、うまくいかない。
「郭嘉、騎馬隊を止める手だてはないか?」
曹操が尋ねるが、郭嘉も明解には答えられずにいた。
「我が隊を二手に分け、横腹を突きましょうか?」
張遼が提案する。だが曹操も郭嘉も首を横に振った。
「張遼殿の部隊を動かせば、馬場隊が動きます。中央を突き崩されでもしたら、我らは再起不能となりますぞ」
張遼は瞬時にそれを理解し、自身の案を引っ込めた。
「誰でもよい。方法を示せ」
曹操は徐々に苛立ちを募らせているようで、言葉や話し方が険しくなっていた。
「僭越ながら」
そんな不機嫌な曹操の前に信忠が歩み寄った。
「陣替えをするために兵を出すゆえ、騎馬隊の攻撃に四苦八苦するのでは」
「ほう、ではどういたす?」
「陣替えはあくまでも結果としてその形に収まれば良く、史渙隊、韓浩隊双方、武田の両翼を突き崩すべく攻撃されては」
「ふむ、理に叶っておる。だが、それならば尚更負けは許されん状況になるぞ」
「もとより背水ですので」
信忠の言葉に皆が頷き、それを受けて曹操は方針を決定した。
「張遼は中央の馬場隊を牽制し釘付けにせよ。史渙、韓浩はそれぞれ迎撃から反撃に移り山縣と高坂を押し崩せ。信忠隊には防衛線となる本隊手前を任せる」
曹操の指示が下り、将らが行動し始める。
「許褚は韓浩隊の、曹純は史渙隊の補佐及び遊撃隊とする。機を見て動け」
「それでは本隊が手薄に……」
「構わん。そのために信忠隊を置いたのだ」
虎豹騎と呼ばれる精鋭揃いの近衛隊を束ねる曹純の心配を、曹操は途中で遮り、一喝した。
曹純はそれ以上何も反論せず従った。
「性懲りもなくまた陣を作るつもりか?」
前線の昌信がもう飽き飽きといった表情で不愉快そうに文句を漏らした。
小競り合い程度しかまだ戦っていないが、日に何度も騎馬隊で急襲を仕掛けるとなると、兵もだが馬の疲労も溜まる一方で、また飼葉や水などの物資もより多く使用することとなる。
援軍が近くまで来ているとはいえ、あまり無駄に使いたくはないし、決戦に備えて温存しておきたい。
だが、布陣を変えられるのも厄介なことで、曹操軍が現れたら攻撃せざるを得ない。