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第26話

 近くにいる者全てが手を止め、音の源の方を注視する。


 そこには大刀を力の限り振り抜いた信綱と、それを全力で受け止めた許褚、双方が仁王立ちしていた。


 睨み合い、互いに武器を押し付け、身動きひとつ取れずにいた。


 気を抜くと相手にはじかれるため、しっかりと踏ん張り、競っている。


 それに見とれていると、今度は別の方から喚声が上がり、昌輝隊と曹純隊の戦闘が始まる。


 先頭を切って駆ける昌輝に曹純が討ちかかる。


 昌輝が受け流すとすかさず曹純が追う。

馬を併せて数度撃ち合い、一旦離れてまた撃ち合う。


 騎乗技術及び騎乗攻撃、防御ともに高い水準で互角であり、しばらくは決着がつきそうにない。


 だが精鋭である虎豹騎は、昌輝の兵に対し優位に戦っていた。


 慌てて信達が兵を差し向ける。多勢となった昌輝、信達両隊。


 それでも虎豹騎の部隊は一歩も退かず、それどころか押し返しそうな勢いがある。


「陣列を崩すな。踏ん張り時は今だぞ」


 史渙の執拗な攻撃を振り切り、ようやく戻ってきた昌信の声が押されていた兵らに力を与えた。


 それにより、虎豹騎を押し返すことまではできなくても、なんとか食い止めることはできるまで奮戦し、戦局の膠着を作りあげた。


 一方昌輝と曹純は未だ撃ち合いを、信綱と許褚は競合いを続けており、どちらも体力が尽きるまでは勝敗が決しそうにないくらい均衡している。


 また山県隊と韓浩隊の戦いは昌景率いる騎馬隊の活躍により韓浩隊の陣列は崩れ、山県隊が優勢である。


 張汎、史渙と馬場分隊の戦いは、最初は張汎だけが相手であったため馬場隊が優勢であったが、昌信救援後に史渙隊も敵勢に加わり、次第に劣勢になっていった。


 信春自身も援護に動きたかったのだが、張遼が動向を窺い待機しているために下手に動けない。


 同様に張遼も信春からの目に見えぬ圧力のようなものを感じて行動できないでいた。


 このまま進むと、中央の戦況も膠着するため曹操にしろ信玄にしろ、あと一手加えたいのだが、建陣中の信忠隊を除き、双方大将の駒しか残っていない。


「忌々しい」


 曹操は歯噛みして悔しがった。


 武田軍に真田兄弟のように許褚や曹純と互角に戦える優秀な隠し駒がいたのは誤算であった。


「やむを得ん。子文を呼べ」


 曹操は本隊で護衛任務をさせている曹彰を召集した。


 応じて曹彰が曹操の下へと参じる。


「来たか。本隊からおぬしの部隊を切り離す。山県隊を突き崩して参れ」


 曹操本隊から曹彰隊を除くと残る兵力は三千ほど。


 戦線が綻び敵勢が突き抜けて来ると、いくら天下に名高い青州兵と言えども危うい。


 その一番突き抜けてきそうな山県隊に曹彰隊を送り込み、逆にこちら側が信玄本隊に攻撃できる態勢を曹操は作ろうとした。


 もしそうなれば、築陣中の信忠隊も投入し一気に片をつけることも可能になる。


 曹操は曹彰の出撃を見送ると、残る兵たちにいかなる戦場の動きにも対応できるよう臨戦態勢を整えさせた。




 この曹操の思い切った動きに信玄は面食らった。


 最後の要の本隊の大半を分離するなど思いもせず、動くなら曹操自らであろうと予測していた。

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