昌景隊主力の赤い騎馬隊が許褚隊に雪崩れ込もうと徐々に速度を上げていく。
「槍隊集結し槍を前へ突き出せ。弓隊は援護し騎馬の足を緩めよ」
指揮官不在のはずの部隊が、的確な対騎馬の指示の下、素早く行動を開始した。
騎馬の進む先に矢が降り注ぐと、昌景隊の騎馬は立ち上がり嘶いた。
昌景が前方に視線を定める。指揮を執っていたのは明智秀満であった。
築陣を道三に任せ、曹彰隊が動いたのにあわせ、単身許褚の部隊へ駆け込み、代理で指揮していた。
「なるほどな。織田の者ならば騎馬に抗う術を知っておろう。だが!」
昌景はすかさずこの部隊の弱点を見破り、騎馬隊を二手に分けた。
秀満も見破られたことに気づき、
「許褚殿、応急で抗するが長くは保たぬ。急ぎ戻られよ!」
と、呼びかけた。
許褚は頷き、大きく息を吸い込むと一気に吐き出し、両腕の上腕筋が張り裂けんばかりに力を込めた。
普段は肥満体で柔らかそうな二の腕が大木の幹と化す。やがて顔の全面が上気し赤く染まっていく。
「まだこれほどの力が……」
信綱は全ての力を使いきるつもりで大刀を抑えるが、徐々に金棒に押されていく。
「信綱!もうしばし耐えよ」
昌景は声援を送り、続けて騎馬隊に秀満の指揮する許褚隊の弱点をさらけ出した。
「代理の指揮官ではうまく統率などできぬ。散々にかき乱してやれ」
このかけ声に呼応し、騎馬隊が三騎一組の態勢に分散しはじめた。
「槍隊、敵大将を正面に見据えた円陣を組め。槍は構えたまま、大声を上げ馬を威嚇せよ」
許褚隊は秀満の指示に従うが、慣れていない行動を伴うことにより普段よりも数段動きが鈍い。
「遅い!突撃!」
数多の赤い線が描かれる。
「許褚隊!秀満殿を曹操様と思い従え。守れ」
地が震えるほどの許褚の叫びに、数騎の馬が驚き立ち止まった。
兵らも目が覚めたかのように機敏な動きをしだし、半円の陣を組み上げる。
密集し、出来上がった三日月形から多くの槍が飛び出し、また各々腹の底から唸り声を上げているため、元来臆病な動物である馬は近づくことすら躊躇い、足を止める。
よく訓練された馬は構わず突進して行くが、絶対数が足りず、単騎駆け同然となり、あっさりと槍の餌食となっていった。
「抜けぬか」
昌景は部下を呼び戻しながら、新ためて敵陣の弱い所を探る。
「烏丸の騎射隊に許褚隊の側面へ回りこめと伝えよ」
昌景は伝令を出し、前方と側面及び後方からの挟撃策を講じた。
早馬が駆け、昌景らは密集せずに三騎のまま待機し策の実行に備える。
すると後方から昌景ほどの男でも身震いをせずにはいられない剥き出しの殺気を感じた。
「山県様!」
昌景の危機に、許褚にはじき飛ばされ寸時気を失っていた信綱が声を張り上げた。
昌景が振り向く。
赤く上気した顔で怒りの表情、手には金棒、まさに赤鬼。
その赤鬼が金棒を振り回し、昌景目掛けて爆走してくる。