捕虜は信玄の部隊に戻るなり、重要な報告があると信玄への面会を求めた。
信玄はそれをすんなりと受け入れ、話を聞くがどうにも腑に落ちない。
とはいえ、渤海を縦断してくるとなると確認手段など湾岸警備しかないし、ましてや船足の速さなどに関しては全くわからないため、一概に偽情報とも断定できないでいた。
そこへ、昌豊と幸隆が到着する。次いで山県・高坂・馬場も帰還した。
大将同士のぶつかり合いとなるのに、一騎打ちにかまけてる場合ではないと、武田軍、曹操軍共に身を引いた。
張遼に秀満、蘭丸、それに史渙と韓浩もすでに帰陣しているであろう。
「お困りのようですな」
飄々とした態度で現れた幸隆が、信玄の顔を見るなり尋ねた。
信玄はそんな幸隆の姿を目にすると、顔がぱっと明るくなる。
信玄は包み隠さず幸隆に相談した。
「ふむふむ。それは御屋形様の考えで間違いありますまい。よほどの艦隊でない限り何度も使者など出せぬ。またそんな艦隊を出撃させたならばもっと援軍到着に時間がかかりましょうな」
幸隆は話し方も飄々としており、要点を的確に捕らえてはっきりと話す。
また策略や謀略に長けていて、敵方の策を看破し逆手に取るのが得意なため、信玄には重宝がられているのだが、一度口を開くと長くなるのが唯一と言える欠点であった。
信玄は幸隆の話が途切れた隙を縫い、
「幸隆もそう思うか。ならば間違いあるまい。偽情報に踊らされるな、と兵らを戒めよ」
と、各将に命じた。
内藤や馬場ら将校が急いで退室していく。
「倅共はどこにおりますかな?」
幸隆が信玄に尋ねる。
昌豊の副将の任はすでに解かれ、新たに信玄直属の参謀を役付けられた。
兵への通達は他の将校がするため、今現在幸隆は手空きであった。
そこで、同じ信玄直属隊の信綱と昌輝の顔を一目見ようと思い尋ねてみたのだが、信玄は難しい表情を浮かべるばかり。
それでも問い詰めて、ようやく信玄の口を割らせた。信綱は重態、昌輝は信綱を連れ遼東へ。
さらに詳しいことを聞くなり幸隆は落胆の色を見せた。
「武田の一隊を率いる将として一騎打ちに興じるなど愚の極み」
幸隆は苦々しく思い、平身低頭し信玄に詫びた。
「何を言うか。儂のため、武田のために戦ってくれた上での負傷。責めはせぬ」
信玄は話が長くなるといけないと思い、対曹操に向けての策を講じるよう依頼し戻らせた。
信玄も同様に策を練るが決め手が見つからず、そのうち各隊の将からは臨戦態勢が整ったと続々報告がくる。
目と鼻の先に相手がいるし、今更手の込んだ策でもないか、と信玄は策略から用兵戦術へと考えを切り替えた。
同様に曹操陣営でも張遼や秀満の帰還により部隊の再編成が行われていた。
援軍の期待も薄く、兵力では劣り、負傷者もかなり多い。
だが明らかに不利な状況でも弱音を吐く者はいない。
曹操や郭嘉の戦術、許褚・張遼の不利を覆すほどの武勇に対する信頼はすこぶる高く、最終的には必ず勝てると信じきっていた。
それを受けて、曹操も兵らの前では努めて明るく振る舞っていた。