「最悪だったよ?あの日の帰り!」
裕也専務を抱き枕にして眠るようになって、1週間ほどが過ぎた休日。
連絡をくれた美波と、カフェでランチの約束をして待ち合わせたところだ。
「えー…なんかゴメン」
美波に腕を引っ張られ、パンケーキが美味しいと有名なカフェの行列に並びながら謝る。
「聖、そのへんのラーメン屋に勝手に入って行っちゃって、ラーメン頼まないでお酒頼んでイッキ飲みよ?…もう、ムシャクシャするのはわかるけどさ…!」
先週、聖と美波が裕也専務に挨拶に来た、帰りの話。
「…なんでそんなにムシャクシャするのかなぁ」
「…は?」
「…え?」
眉間にシワを寄せて顔を覗き込まれても、わからないものはわからない。
「聖…カワイソ」
「え?…カワウソ?」
「違うだろ…天然ボケ子…!」
美波まで機嫌が悪くなってしまった。
「いろいろ、2人には心配かけて悪いと思ってる。…ここは!私がごちそうするからさ!」
順番が来て店内に入り、奥まった席に案内されて…私の提案にやっと、美波が笑顔を見せてくれた。
「…ちゃんと、聖にもフォローしなよ?」
「うん、わかってる!」
パンケーキは有名店だけあって、絶品だった。
ふわふわで口に入れると溶けるような柔らかさ…気をつけないと、いくらでも食べてしまいそう。
「…あ、のさ。美波は、実際会ってみて…裕也専務のこと、どう思った?」
笑顔で食べていた美波の表情が、一瞬引き締まった。
「うん…大人の男って感じ。ソツがないし、余裕があって…あと怖いくらいイケメンだよね?」
「うん。会長夫妻にご挨拶に行った時思ったけど、お母さん似みたい」
「そうなんだ。…でもさぁ、偽装だから割り切れるのかもしれないけど、あんなカッコいい人とよく一緒にいられるね?」
「うん、まぁ…契約だしね?」
「それにしてもだよ!裕也専務ともし、同じベッドで寝るような事態になったら…もう心臓止まるレベルでしょ?」
…柔らかいはずのパンケーキが、喉に詰まった気がした…!
ゴホゴホ咳をする私に、美波が背中を叩いてくれて、ドリンクをすすめる。
やっと落ち着いて…私はもうひとつ、美波に聞いてみたかったことを打ち明けた。
「あとさ…これ、なんだけど…」
バッグから取り出したのは、女性が1人で写っている写真。
白いオーバーサイズのTシャツを着て、黒っぽいショートパンツ姿。
頬の横に右手をピースの形で添えている。
背景は緑濃い自然と川が写っていて、バーベキューにでも出かけた時に撮ったような写真。
昨日寝る前に、ベッドの脇に落ちていたのを見つけた。
私に心当たりがなければ、当然裕也専務の知り合いなのだろうが、すぐに渡せなかったのには、理由があった。
…写真の中の人、私に似ている。
「ん?…なに?バーベキューにでも行ったの?」
裕也専務と?…と聞かれ、自分と同じことを思ったと知る。
「…ん?違うね、これ…舞楽じゃないわ」
「でも、似てると思ったでしょ?」
「うん…一瞬本人かと思ったもん」
見てくれたお礼を言って、写真をバッグにしまった。
実は…裏に名前が書いてあり、それを塗りつぶして消した跡があった。
…読み取れた名前は「マナ」
これは、裕也専務の元カノなんだろうか。
「なによ〜?意味深!」
「いや…あの、写真の人、裕也専務の知り合いらしいんだけど、ちょっと雰囲気似てるから…イメチェンしたいなぁって思って」
完全なるでまかせ…
「裕也専務の…?」
首を傾げて聞いてくるので、私も同じ方向に首を傾げた。
「協力して。イメチェンして、思い切って変わってみたい!」
もともとオシャレで、服やメイクに詳しい美波。
ノリノリで私の希望を叶えてくれると胸を叩いた。
「食べ終わったら、早速服を買いに行こう!舞楽、可愛いのに地味子なんだから!」
残りのパンケーキを口に詰め込み、私たちは賑やかな街へと繰り出すことになった。
「はぁ…重っ…」
美波に見立ててもらった服、そして靴を抱えて帰宅した。
中身はメイク用品やファッション小物、そして香水まで。
リビングの明かりがついているので、裕也専務はご在宅らしい。
「ただいま、戻りました…」
寝室で物音がする。…そっと覗いてみると、お掃除ロボットがベッドの周りを忙しく移動してる。
「あぁ…おかえりなさい」
「…あ、れ?ベッドの位置、変えたんですか?」
出かける時は部屋の中央に位置していたベッドが、大きくその向きを変え、壁に寄っている。
「えぇ。デスク周りに空間が欲しいのと、君のベッド落下問題を解決したかったので」
「あ…」
ベッド落下問題とは…裕也専務に深いキスをされて取り乱して以来、無意識に距離を取ろうとしてしまうみたいで…何度かベッドから落下しそうになった問題のこと。
「片側を壁に寄せました。…これで俺は君の心配をせず眠れます」
「そう…みたいですね」
話しぶりから、私は壁と裕也専務に挟まれて眠ることになりそう。
あぁ…今夜から、逃げ道がなくなるなんて。
自分から頬にキスしてるくせに、なんとなく怖気づいてしまう。
離れようとしている感覚はなかったけど…無意識に、くっついて眠る申し訳なさを感じていたのかもしれない…
「ずいぶん買い物をしましたね?」
いつの間にかリビングに移動していた裕也専務、片隅に積まれた買物袋を覗き込んでいる。
「春になるし…ちょっとイメチェンです。…美波に見立ててもらって」
「そうですか。これは…パジャマですか?」
紙袋からテロンとした生地が飛び出してる…
「…お出かけする時の、ワンピースです!」
黒っぽいグレー単色のワンピース。
カップが付いていて、細い肩ひもが繊細で大人っぽい。
…こんなムーディーなワンピースで寝るわけないし。
それとも、こんな格好で眠る女性が好みなのかと考えてしまう…
「こ…この上からカーディガンを羽織るんです!」
聞かれてもいないのに、コーデまで披露する。
裕也専務はふんふんとうなずいて、買い物袋を覗き込んだ。
…ちょっと興味があるらしい。
袋から勝手に中身を出しはじめた。
「…これなんですか?」
小さなケースに入った、薄いピンク色のキラキラ…
「クリームタイプのアイシャドウです」
へぇ…と物珍しそうに言いながら、次々に出していくから、私は次々に商品名を言う羽目に。
「…じゃ、コレ…」
中身を見ずに出したものに同時に目をやって…2人して固まった。
裕也専務の手につかまれたのは…
ブラとショーツのセット。
し、か、も!
「イメチェンするんでしょ?!」
と美波に言われて、ドキドキしながら買った、黒い…やたらセクシーなやつ…!
「やんっ!」
パシッと裕也専務の手から下着を奪い取り、胸に抱えて隠す。
「こ…これはですね…コレ…は…」
なぜか言い訳めいたことを言おうと裕也専務を見ると…
とんでもなくレアなものが目に入った。
あの裕也専務が、赤くなってる…!
信じられない…テレてるってこと?!
ウソウソウソっ!
なんでなんでなんで?!
一瞬で顔をそむけちゃったけど…耳まで赤くなってることには気づいてない…みたい。
そのうちバッと立ち上がって、寝室に行ってしまった。
…助かる。
私もきっと真っ赤になってるだろうから…
「クローゼット、スカスカだから、少しは華やかになって良かったですね」
リビングに戻ってきた時は、もういつもの裕也専務で…でも私のパニックは続いていた。
「はい…!あと、あの…写真を拾ったんですけど!」
そっと戻しておくつもりだったけど、とりあえずこのドキドキをおさめる話題に使ってしまう。
昨日寝室で拾った、私によく似た女性の写真を差し出した。
意外にも、裕也専務の雰囲気は一瞬で変わり、そして目が泳ぐ。
「すいません、すぐ返さなくて…」
あんまり自分に似てるから、美波に見せちゃいました、と続けようとして…
「…捨てていいですよ」
グシャ…と握りつぶした裕也専務の顔は…なぜか暗く沈んで見えた。