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2章…第31話

「最悪だったよ?あの日の帰り!」


裕也専務を抱き枕にして眠るようになって、1週間ほどが過ぎた休日。


連絡をくれた美波と、カフェでランチの約束をして待ち合わせたところだ。


「えー…なんかゴメン」


美波に腕を引っ張られ、パンケーキが美味しいと有名なカフェの行列に並びながら謝る。


「聖、そのへんのラーメン屋に勝手に入って行っちゃって、ラーメン頼まないでお酒頼んでイッキ飲みよ?…もう、ムシャクシャするのはわかるけどさ…!」


先週、聖と美波が裕也専務に挨拶に来た、帰りの話。


「…なんでそんなにムシャクシャするのかなぁ」


「…は?」


「…え?」


眉間にシワを寄せて顔を覗き込まれても、わからないものはわからない。


「聖…カワイソ」


「え?…カワウソ?」


「違うだろ…天然ボケ子…!」


美波まで機嫌が悪くなってしまった。


「いろいろ、2人には心配かけて悪いと思ってる。…ここは!私がごちそうするからさ!」


順番が来て店内に入り、奥まった席に案内されて…私の提案にやっと、美波が笑顔を見せてくれた。


「…ちゃんと、聖にもフォローしなよ?」


「うん、わかってる!」


パンケーキは有名店だけあって、絶品だった。

ふわふわで口に入れると溶けるような柔らかさ…気をつけないと、いくらでも食べてしまいそう。


「…あ、のさ。美波は、実際会ってみて…裕也専務のこと、どう思った?」


笑顔で食べていた美波の表情が、一瞬引き締まった。


「うん…大人の男って感じ。ソツがないし、余裕があって…あと怖いくらいイケメンだよね?」


「うん。会長夫妻にご挨拶に行った時思ったけど、お母さん似みたい」


「そうなんだ。…でもさぁ、偽装だから割り切れるのかもしれないけど、あんなカッコいい人とよく一緒にいられるね?」


「うん、まぁ…契約だしね?」


「それにしてもだよ!裕也専務ともし、同じベッドで寝るような事態になったら…もう心臓止まるレベルでしょ?」


…柔らかいはずのパンケーキが、喉に詰まった気がした…!


ゴホゴホ咳をする私に、美波が背中を叩いてくれて、ドリンクをすすめる。


やっと落ち着いて…私はもうひとつ、美波に聞いてみたかったことを打ち明けた。



「あとさ…これ、なんだけど…」


バッグから取り出したのは、女性が1人で写っている写真。


白いオーバーサイズのTシャツを着て、黒っぽいショートパンツ姿。

頬の横に右手をピースの形で添えている。


背景は緑濃い自然と川が写っていて、バーベキューにでも出かけた時に撮ったような写真。



昨日寝る前に、ベッドの脇に落ちていたのを見つけた。



私に心当たりがなければ、当然裕也専務の知り合いなのだろうが、すぐに渡せなかったのには、理由があった。


…写真の中の人、私に似ている。



「ん?…なに?バーベキューにでも行ったの?」


裕也専務と?…と聞かれ、自分と同じことを思ったと知る。



「…ん?違うね、これ…舞楽じゃないわ」


「でも、似てると思ったでしょ?」


「うん…一瞬本人かと思ったもん」


見てくれたお礼を言って、写真をバッグにしまった。

実は…裏に名前が書いてあり、それを塗りつぶして消した跡があった。


…読み取れた名前は「マナ」


これは、裕也専務の元カノなんだろうか。



「なによ〜?意味深!」


「いや…あの、写真の人、裕也専務の知り合いらしいんだけど、ちょっと雰囲気似てるから…イメチェンしたいなぁって思って」


完全なるでまかせ…



「裕也専務の…?」


首を傾げて聞いてくるので、私も同じ方向に首を傾げた。



「協力して。イメチェンして、思い切って変わってみたい!」


もともとオシャレで、服やメイクに詳しい美波。

ノリノリで私の希望を叶えてくれると胸を叩いた。



「食べ終わったら、早速服を買いに行こう!舞楽、可愛いのに地味子なんだから!」


残りのパンケーキを口に詰め込み、私たちは賑やかな街へと繰り出すことになった。






「はぁ…重っ…」


美波に見立ててもらった服、そして靴を抱えて帰宅した。

中身はメイク用品やファッション小物、そして香水まで。


リビングの明かりがついているので、裕也専務はご在宅らしい。



「ただいま、戻りました…」


寝室で物音がする。…そっと覗いてみると、お掃除ロボットがベッドの周りを忙しく移動してる。



「あぁ…おかえりなさい」


「…あ、れ?ベッドの位置、変えたんですか?」


出かける時は部屋の中央に位置していたベッドが、大きくその向きを変え、壁に寄っている。



「えぇ。デスク周りに空間が欲しいのと、君のベッド落下問題を解決したかったので」


「あ…」


ベッド落下問題とは…裕也専務に深いキスをされて取り乱して以来、無意識に距離を取ろうとしてしまうみたいで…何度かベッドから落下しそうになった問題のこと。



「片側を壁に寄せました。…これで俺は君の心配をせず眠れます」


「そう…みたいですね」


話しぶりから、私は壁と裕也専務に挟まれて眠ることになりそう。


あぁ…今夜から、逃げ道がなくなるなんて。


自分から頬にキスしてるくせに、なんとなく怖気づいてしまう。


離れようとしている感覚はなかったけど…無意識に、くっついて眠る申し訳なさを感じていたのかもしれない…



「ずいぶん買い物をしましたね?」


いつの間にかリビングに移動していた裕也専務、片隅に積まれた買物袋を覗き込んでいる。



「春になるし…ちょっとイメチェンです。…美波に見立ててもらって」


「そうですか。これは…パジャマですか?」


紙袋からテロンとした生地が飛び出してる…



「…お出かけする時の、ワンピースです!」


黒っぽいグレー単色のワンピース。

カップが付いていて、細い肩ひもが繊細で大人っぽい。


…こんなムーディーなワンピースで寝るわけないし。


それとも、こんな格好で眠る女性が好みなのかと考えてしまう…



「こ…この上からカーディガンを羽織るんです!」


聞かれてもいないのに、コーデまで披露する。


裕也専務はふんふんとうなずいて、買い物袋を覗き込んだ。

…ちょっと興味があるらしい。


袋から勝手に中身を出しはじめた。


「…これなんですか?」


小さなケースに入った、薄いピンク色のキラキラ…


「クリームタイプのアイシャドウです」


へぇ…と物珍しそうに言いながら、次々に出していくから、私は次々に商品名を言う羽目に。



「…じゃ、コレ…」


中身を見ずに出したものに同時に目をやって…2人して固まった。


裕也専務の手につかまれたのは…

ブラとショーツのセット。


し、か、も!

「イメチェンするんでしょ?!」

と美波に言われて、ドキドキしながら買った、黒い…やたらセクシーなやつ…!


「やんっ!」


パシッと裕也専務の手から下着を奪い取り、胸に抱えて隠す。


「こ…これはですね…コレ…は…」


なぜか言い訳めいたことを言おうと裕也専務を見ると…

とんでもなくレアなものが目に入った。


あの裕也専務が、赤くなってる…!

信じられない…テレてるってこと?!


ウソウソウソっ!

なんでなんでなんで?!


一瞬で顔をそむけちゃったけど…耳まで赤くなってることには気づいてない…みたい。


そのうちバッと立ち上がって、寝室に行ってしまった。


…助かる。

私もきっと真っ赤になってるだろうから…



「クローゼット、スカスカだから、少しは華やかになって良かったですね」


リビングに戻ってきた時は、もういつもの裕也専務で…でも私のパニックは続いていた。



「はい…!あと、あの…写真を拾ったんですけど!」


そっと戻しておくつもりだったけど、とりあえずこのドキドキをおさめる話題に使ってしまう。


昨日寝室で拾った、私によく似た女性の写真を差し出した。




意外にも、裕也専務の雰囲気は一瞬で変わり、そして目が泳ぐ。



「すいません、すぐ返さなくて…」


あんまり自分に似てるから、美波に見せちゃいました、と続けようとして…



「…捨てていいですよ」


グシャ…と握りつぶした裕也専務の顔は…なぜか暗く沈んで見えた。


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