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5-7. 二人きりの食卓



 レティ視点に戻ります。


――*――


 アデルの雰囲気が柔らかくなっているのを察知して、私は、彼に話しかけた。それと同時に、アデルも何かを言おうと口を開く。


「ふふ」


 私は、考えていることが一緒だなあと、思わず笑ってしまった。私が笑っているのを見て、アデルの雰囲気もさらに和らぐ。


「レティ、君は、怒っていないのか?」

「うん。戸惑いはしたけど、怒ったりなんかしないよ」

「そうか。その……もう一度、きちんと謝りたかったんだ。さっきは、すまなかった」

「ううん、いいよ」


 アデルはそう言って頭を下げる。私がアデルの謝罪を受け入れると、彼の緊張は一気に緩んだ。

 ようやく、肩の荷がおりたようだ。ずっと、謝る機会をうかがっていたらしい。


「それで、君は何を言おうと?」

「えっと……そうね。やっぱり、夜ご飯が終わったら、でもいい?」

「ああ。わかった」


 その後の食事は、和やかなものだった。ドラコがいないので、かなり静かではあるが、先ほどまでの気まずさはもうない。

 アデルはスープに使っているスパイスに興味が湧いたようで、あれこれ質問してきた。私もあまり詳しいわけではなかったが、転生前の記憶を引っ張り出して、カレーをはじめとしたスパイス系の料理について、思い出せる限りのことを話したのだった。



 そうして、普段よりも静かな夕食が終わる。

 アデルがお茶のおかわりを持ってきてくれて、席に座り直したタイミングで、私は、ずっと考えていたことを話し出した。


「私ね、どうしてドラコが怒っていたのか、アデルが悲しそうにしていたのか……お料理しながら、考えてみたの。何か気に障ること、しちゃったのかなって。でも、思い当たることが全然なくて」

「……ああ。そうだよな。不安にさせて――」

「それはいいの。もう謝ってくれたでしょ?」


 私は、またしても謝罪しようとしたアデルを止める。アデルは、頭を下げるかわりに、わずかに目を伏せた。長いまつげが、白い頬に影を落とす。


「……ひとつだけ、これかな、っていう理由があったの。だけど、私の思い過ごしかもしれなくて」


 私が話し始めると、アデルは再び顔を上げ、私としっかり目を合わせた。私は逆に、今から話そうとすることを考えて、少しうろたえてしまう。


「続けてくれ」


 私がまごまごしているのを感じ取ったのか、アデルはそう促した。私は緊張で冷たくなりはじめた指先を膝の上でぎゅっと握り、言葉を絞り出す。


「あのね、その……もしかしてアデルは、私が『聖夜の街ノエルタウン』を一度見てみたいって言ったことに対して、不愉快に思ったのかなって」


 そう。

 いくら考えても、それ以外の理由が思いつかなかったのだ。


 ライと話をして、ドラコが部屋に入ってくるまで、アデルは普段通りだった。

 彼が固い声でドラコに返事をして、私と目を合わせようともしなくなったのは、私が精霊と人が共存する街を見てみたい、と口にした後。何気なく言った一言だったが、それが彼の心のどこか柔らかいところに触れてしまったらしい。


「私、『聖夜の街ノエルタウン』に行ってみたいって言ったのは、この森でこれから暮らしていくにあたって必要な、妖精さんたちとうまく共存していく方法を知るのに役立つかなって思ったからなの。でも、それがどうして不快な思いをさせちゃったんだろうって考えたときに……、その……、あのね。すごく、私にとって都合の良い解釈になるんだけど……」


 私は、顔に熱がのぼってくるのを自覚して、うつむく。

 ちら、とアデルの顔を見上げると、彼は、私の言葉が予想外だったかのように目を瞠って、こちらを見つめている。


「えっと……?」

「いや、構わない。続けてくれ」

「うん……」


 私は息を吸い込んで、続けた。


「あのね……もしかしたら……アデルが、私と離れるのが寂しいって思ってくれてるんじゃないかなって。聖王国は、帝国みたいに南北に長い国じゃないから、北端にある『聖夜の街ノエルタウン』に出かけたとしても、一日か二日ぐらいで帰ってこられる距離だと思うの。だけど、それでも離れたくないって思うぐらい、私のこと、想ってくれてるのかなって」

「……っ」


 アデルは、私の言葉に、大きく目を見開いた。目元を赤く染め、あからさまに動揺している。

 ――なんだろう。図星という感じでもないし、大きく外れているというわけでもなさそうだし、この反応は予想外だ。

 やはり、別の理由があったのだろうか。私は、自分に都合良く考えすぎ――、


「…………はぁ」


 私の思考は、アデルのついた盛大なため息によって遮られた。

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