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第42食:玄米おじさんは、純子を頼ることにした。

車に乗るだけの規格外白菜をもらって、純子は満面の笑みだった。荒尾は、こんなにたくさん使いきれるのか、食べ終わるのだろうか、と不安に感じる。どんなにたくさん食べる荒尾でも、さすがにこれは多いんじゃないか、と感じてしまうくらいだったのだ。

「中野瀬、こんなに白菜ばっかり、食べきれるのか?」

「荒尾さん!白菜は、冷凍保存できるんですよ!」

「冷凍……?」

そんなことができるのか、と荒尾は思ったが、純子はそれを見て少し得意げな顔をする。冷凍の野菜は、スーパーでもよく見かけるようになってきた。だから、それを自作しよう!と好奇心旺盛な純子が思うのは、当たり前の流れだった。

「丸ごとは難しいので、食べやすい大きさにカットしたり、調理したものを冷凍するのはありですね」

「乾燥したり、食べられなくなったりしないのか?」

「生の白菜よりは少し落ちると思いますが、味噌汁や炒め物に使っても十分美味しくいただけます!買うとそれなりのお値段になっちゃうので」

野菜の値段は、季節やその年の天候で値上がりの幅がかなりあるらしい。品質や味になんら問題がなく、今までと変化がなくても、そういった季節の状態に左右される値幅は、営業をしている荒尾にとっても分かる悩みだと思った。自分の売っている商品が高く売れていくなら、嬉しい。しかし、こういった食べ物は、高くなれば売れにくくなるし、ちょっとしたイメージダウンが何につながるか分からない世界。実際に、こういう規格外の野菜は、何も問題がないというのに、買いたくない人間もいる。

「今回は、白菜ロールや和え物をたくさん作ります。和え物は数日で食べきらなきゃいけないんですけど、お醤油やドレッシングで味変することもできるので、長く楽しめますよ!」

「白菜ロールはロールキャベツの白菜バージョンだよな。それなら、冷凍保存もできるって感じか?」

「はい!一度冷凍したものは、また後日、解凍してスープで煮込めば美味しい一品に。シチューに入れても、美味しいかもしれませんね」

シチューの真ん中にどっかりと鎮座する、白菜ロール。それにナイフとフォークを入れると、中から肉汁としっとり柔らかな中身が登場だ。なんて美味しそうな世界観。荒尾はその世界にすっかり入り込んでいるかのようだった。

「じゅんこちゃん、じーちゃんもはくさいいる?」

まーちゃんがそんなことを聞いてきたので、純子はすっかり玄米おじさんの存在を忘れていた。あの人は、悦子の世話と自分のことと、畑のことで手一杯のはず。子どもたちの世話を早々に諦めて、純子に託してきたのだから、自分のことも大変なのではないだろうか。

「そうだねぇ、ちょっと顔を見てくるくらいした方がいいかな?」

「悦子さんのところに行っているんじゃないのか?」

荒尾は、そんなことを言ったが、純子は笑って首を振る。

「荒尾さん、玄米おじさんはそういう愛情表現は、しないんですよ」

「そ、そういう愛情表現??」

「入院に必要なことだけ手伝って、あとはいつもどおり1日しっかり汗を流す。それが一番大事なことだって思っているんです」

「えーっと、農家ってそんな感じなのか……?」

「まあ、玄米おじさんに関してはそうと言えますね。真面目で熱心な人なんですけど、悦子さんがいないと……」

車に白菜を詰み込み、というよりも詰め込んだ状態になったが、純子は上機嫌で荒尾に話をしてくれていた。車が汚れるとか、運転が大変とか、そういったものはあまり純子に関係ないのだ。


「純子ちゃん」

三輪青年が純子を呼び止めた。振り返る純子の横顔を見て、荒尾はドキリとする。

「三輪くん。ありがとうね、こんなにたくさん」

「ううん、今回規格外少なくてさ」

「上手にできたんだ」

「うん、父さんがかなり気を使っててさ。俺も手伝ったけど。だから足りたかな?」

「車いっぱいもらったよ!ちょっと玄米おじさんに持って行こうかなってくらい」

「そうだね、持って行ってあげてよ。悦子さんがいなくて、困ってるんじゃない?」

たとえ困っていても、困っているとは言えないもの。それが、玄米おじさんだ。しかし孫には迷惑をかけられないので、孫の安全だけは確保した、というのが今回の流れ。それから、三輪は何か小さな包みを純子に手渡す。

「母さんが作った、白菜漬け。さっぱりしてるから、けっこういけるよ」

「本当?ありがたくいただきます!」

「また感想聞かせて。白菜のも」

「そうだね、せっかくいただいたんだから、有効活用しなきゃ、お互いに!」

いつも明るい純子は、三輪とそんな会話を繰り返して、もらった白菜漬けを車に乗せた。車いっぱいの白菜。子どもたちと荒尾、そして純子。面白い組み合わせだなぁ、と三輪は思いながら、彼らを見送るのだった。


車を走らせながら、荒尾は三輪のことを聞いてみた。

「家族で、農家しているのか、彼は」

「はい。ご両親と別所帯ですけど、お兄さんご夫婦も」

「その、俺は農家のことが詳しくなくてな。毎日、毎朝、大変だろうとは思うが」

「朝が早いんですけど、早い日は昼過ぎにはほとんど作業が終わるみたいですよ?その間だけ、アルバイトとかパートさんを雇うこともあるみたい」

収穫が大変な時や、仕分けの時など、その時々の状況に合わせて人を雇っている、という話だった。必ず足りていないわけではなく、部分的に大変な作業だったり、収穫が上手くいったり、家族にトラブルが起きると、人を入れているらしい。

「一度、収穫のお手伝いをしたんですけど」

「したことがあるのか!?」

「いや~それがもう、大変で!私みたいな小柄な女性には、なかなか厳しい作業でした!」

純子は笑って話をしているが、荒尾は神妙な顔になっている。そして、今まで少し気になっていたことを聞きたい、と思ってしまったのだ。

「あのな、中野瀬」

「はい」

「その、三輪く、ん、とは……どうやって知り合ったんだ?」

「どうやって?そうですね、彼が白菜を抱っこして道を歩いていた、と言いますか」

「白菜を抱っこして!?」

どういう状況だろうか。想像がつかない世界に、荒尾は困り果てていた。

「確か、あの時はトラックの荷台が壊れて、白菜が点々と道に落ちちゃったみたいなんです。それを彼が回収していた、って感じでしょうか」

「みょ、妙な出会いもあるもんだな……」

もっと詳しく聞いてみたい、と荒尾が思った時、子どもたちの声が重なった。

「じいちゃーん!!!」



話は、少しばかり前にさかのぼる―――長男夫婦が海外旅行に行くから、ということで、孫を数日預かる予定になっていた頃のこと。

玄米おじさんこと、赤坂道成あかさかみちなりは孫を迎えに行って、帰ってきたら自宅で妻が倒れていた。まさか病気か、と慌てたが、意識ははっきりしている。妻の言い分では、庭でバランスを崩して転倒した、という。しかしあまりにも足が痛くて、痛くて、起き上がることができなかった。

赤坂は、とにかく急いで救急車を呼んで、孫とともに病院へ付き添った。小さな孫は、何も理解できていなかったようなので、病院のロビーで遊んでいる。なんとなくだが、骨折しているのではないだろうか、と赤坂の直感が言っていた。妻の悦子は、昔から我慢する女だ。見合いで出会い、嫁にもらうと一目で決めたけれど、それを素直に伝えられなかった―――そんな過去のことを思い出していたら、孫がお腹が空いただの、おもちゃがないだの、言い出した。


赤坂にとって、孫は目に入れても痛くない、それくらい大事な存在である。しかし、タイミングが悪すぎた。悦子も会うのを楽しみにしていたのに、今は悦子の心配をしなければいけない。


こんな時、赤坂の頭に浮かんだのは―――ペンション、リガーレ。

そして、そこにいるオーナーの純子と、役に立つ泊り客の荒尾の姿だった。

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