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第32話 裏切られたなら、やり返せば? 【胸糞有り?】

 波留の裏切りを目撃してしまった俺は、家に戻ることも出来ないままホテルでの缶詰生活を送っていた。


 二日間の間に波留やメロ、マリンから大量の連絡が入っていたけれど、誰とも関わる気が起きず「しばらく仕事が忙しくなる」とだけメッセージを送って遮断していた。


 もちろん会社のスケジュールを把握しているメロにはバレバレだったし、一緒に現場を目撃していたマリンにも通用しなかったのだが、食事どころか水分さえ吐き戻してしまう始末だったので、とても人前に出れる状態じゃなかった。


 そう、どうしても——波留が俺以外の男と情事を交わしている様子を想像するだけで、全身に悪寒が這って気分が悪かった。頭がズキズキと痛み出す。


 それでも苦悩の種である波留からの連絡は絶えなかった。


『大智さん、無理をしないでね? 心もパパに会えなくて寂しがっています。少しでもいいので顔を見せに帰ってきてくれたら、私も嬉しいです』


 きっと何も知らない俺ならば、喜んで家路を急いでいたに違いない。

 嘔吐し過ぎたせいで、喉が焼けるように痛くなってきた。血の味が広がる。希望が枯渇して、ツラい。ツラ過ぎる……。


 メッセージの後に遅れて届いた写真には、泣いている心と並んで写る困った顔の波留。


 あぁ、そうか。俺が気づかない振りを続ければいいのか? そうだよな、だって今までだって上手くやれていたんだ。俺も波留も——そうだよ。


 だってさ、波留はあんなに優しい自慢の奥さんなんだ。家事も育児も常に全力で、俺に対しても優しくて、今時っぽくない奥ゆかさがあって、贅沢すぎるくらいなんだ。俺には勿体無いくらいなんだ。


「今までだって、俺にバレないように上手く隠してくれていたんだ。俺だって気付かない振りをして、波留を……愛し続ければ」


 だが、思い込めば思い込むほどあの時の、波留の隣にいた男の顔が過ぎって胃がムカムカして苛立ちを覚えてしまう。込み上がる胃液が口内を刺激する。


 無理だ、やっぱり家には戻れない。今の俺にはもう少し時間が必要だ。


 一先ず会社にだけは顔を出そうと、身体に鞭を打って出社をしたのだが、すっかりやつれてしまった俺を見て、メロは心配して駆け寄ってきた。


「大智っ! どうしたのよ、そんな……! ちゃんとご飯は食べてるの?」

「いや、食欲がなくて……。それよりも悪かったな。全部、お前に任せっきりになって」

「そんなこと気にしなくて良いのよ! もう、こんな状態なら無理に出勤しないで休んでおけばよかったのに。家まで送るから待ってて?」


 タクシーを呼び出そうとする彼女を引き留めて、止めるように首を横に振った。

 俺のことを心配するのならやめてくれ。


「家には帰りたくないんだ……。だから余計なことはしないでくれ」

「余計なことって……! 何よ、何があったの? お願いだから私には全部話して? パートナーでしょ? ずっと一緒に頑張ってきた仲間じゃない!」


 親身になって心配してくれるメロの気迫に負けて、思わず涙が溢れてしまった。ずっと一人で悩んでいたせいか。久々に優しさに触れた俺は、縋るように心の内を白状してしまった。


「実は、俺の奥さんが浮気してたみたいで……自宅に男を連れ込んでいたんだ」

「え……? 嘘でしょ? あの奥さんが?」


 流石のメロも掛ける言葉が見つからなかったのか、口を詰むんだまま黙り込んでいた。


「——最低ね。清純そうな見た目をしておきながら、裏では浮気してたなんて。私なら絶対に許さない。大智、あんた別れたほうがいいんじゃない?」


 メロの言葉がズキズキと心を切り刻む。

 そんなふうに割り切ることができれば、どれだけ良かっただろう。


 怒ることもできない、かと言って切り捨てることもできない。

 中途半端な想いが俺の首をジワリと締めていく。


 眉を顰めて目を瞑る俺に、追い討ちをかけるようにメロが言葉を掛け続けた。


「って言うかさ、奥さんが浮気してるなら、こっちもしちゃいましょう? 大智の苦しみを和らげることができるなら、喜んで相手をしてあげるわ……?」

「待てよ、そんな……冗談だろ?」

「冗談なんかで、こんな危ない綱渡りをするわけないでしょ? それともこう言ったほうが気が楽かしら? 社長、落ち込んでいる分、私が慰めてあげますから……♡」


 部屋の鍵を閉めて、ブラインドを下ろして。二人だけの密室を作り上げる。メロの指先が俺の頬に添えられる。


 あぁ、そっか。そうだよな……。俺も裏切られたんだから、少しくらい——いいよな?


 俺は抵抗することをやめて、受け入れるように目を閉じた。メロの真っ赤なルージュの唇が俺の唇に重なり、そのまま押し付ける。一時の快楽に脳がバグって楽になるのを感じていた。


 ————……★


「キャッチコピー、あらすじ回収……」

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