翌朝──フェリオ・ジェラルディンはいつもの如く、兄フィリップのベッドへいつの間にか潜り込んで、一緒に寝ていた。
が、先に目を覚ました裏人格のフィリップが、顔を顰める。
もう、満月前後五日が過ぎ、今のフェリオは子供体型に戻っていたのだ。
裏人格のフィリップは、子供が大嫌いだった。
問答無用で、隣で寝ているフェリオを、ベッドから蹴り落とす。
「痛ァッ!!」
床へ転げ落ちたフェリオは、当然目を覚まして何事かと、周囲を見回す。
「勝手に俺様のベッドで寝るな。クソガキ」
「クソガキ……?」
フェリオは言うや、今度は自分自身を見回す。
「あ。子供体型に戻ってる……」
「俺様は、ガキが大っっ嫌いだ。だから、俺に絡むな」
「えーっ! ヤダ! ボクはいつだって、お兄ちゃんと一緒に寝たいんだい!!」
フェリオは言うなり、フィリップへ飛びついた。
「ク……ッ!! ウザい……っ!! ひとまず、俺の役目も終わったし、ガキのお守りは主人格に任せる」
フィリップは煩わしげに言い残し、フラリと上半身を揺らした。
「お兄ちゃん?」
「……あ。リオ……僕、表に戻れたのかな……?」
そう言うフィリップの表情は、穏やかで優しいものへと変わっていた。
水色だった髪色も、濃い青色へ戻っている。
残酷なまでに紅かった双眸も、まるで晴天の青空の色だった。
「ボクだけじゃなく、フィルお兄ちゃんもいつものお兄ちゃんへ、戻ったんだね!?」
「そう、みたいだね」
フィリップは答え、フワリと優しく微笑んだ。
朝食の席にて。
「おう。ジェラルディン兄妹。いつもの二人に戻ったか」
レオノール・クインの発言に、二人揃って首肯した。
「うん!」
長方形のテーブルに、黄色のテーブルクロス。
ジェラルディン兄妹は横に揃って、フェリオの向かいにはレオノールが、フィリップの向かいにはショーンが座った。
それを確認してから、四人分の朝食が運ばれてきたが、賺さずフェリオがもう五人前持ってくるようにと追加注文した。
「昨夜までのお二人の時は、リオが白魔法及び白召喚術師、フィルが黒魔法及び黒召喚術師でしたが、今のお二人ではどのような役割りになるのでしょう?」
ショーン・ギルフォードの疑問を聞き、フィリップはふと表情に影を落とす。
「いかがなされましたか? フィル」
再度、ショーンが尋ねる。
「うん……。リオの場合、黒魔法使い
「そりゃまた、どうしてだよ? いざって時に召喚術は便利じゃねぇか」
レオノールが、口をモグモグさせながら尋ねる。
「それは……」
呟きフィリップは、更に表情が沈み込む。
すると代わって、もうフェリオが六皿目に入りながら、答えた。
「フィルお兄ちゃんにとって、もう召喚師という立場自体、トラウマの一つになっちゃってるんだよ。ボク達の故郷が、壊滅したせいでね」
「成る程。そうでしたか……それは、お気の毒ですね」
「でも、リオは平然と召喚術、使うだろう?」
ショーンとレオノールの言葉に、フェリオは強い口調で答える。
「ボクは、トラウマになっていないし何よりも、ボク達をこうした魔王が赦せない憎しみの方が強いから、復讐する為自ら進んで使えるものは何でも使えるようにしてる!!」
「だよな! こういう時は、女は強ぇぜ!!」
レオノールは喜び勇んで、フェリオへグータッチした。
「フィル。お気持ちは分かりますし、同情も致します。ですが、いつまでもトラウマを引きずったままでは、目的の魔王は倒せませんよ?」
「うん……そうだよね……でも、時間を頂戴。少しずつ、治すよう努力するから……」
ショーンから諭され、フィリップは小さく悲しげな、微笑を浮かべた。
あれから更に、フェリオは五人前を平らげると朝食を終え、宿屋をチェックアウトしてから外へ出ると、人々があちらこちらで小さなグループを作り、重い表情で何かを会話していた。
「最近、モンスターの襲撃が多くないか?」
「何でも、ここだけじゃなく、他の町や村でも起こっているらしいわよ」
「一体、何がどうなっているのかしら」
「これじゃあ、安心して眠る事も出来ねぇぜ」
「本当、怖くて堪らねぇよ……」
これを聞くや、フェリオが咄嗟に近くのグループへ、声をかけた。
「ボク達がいればその時は、ちょちょいと倒してあげるから、大丈夫だよ!!」
すると、そのグループは会話をやめ、フェリオへ視線を注ぎ言った。
「ボクちゃんみたいなチビにゃあ、期待出来ねぇよ!」
その言葉に、みんながドッと笑う。
だが、チビ扱いされたフェリオは、怒りを露わにする。
「誰がチビだコルァーッ!!」
「はいはい。落ち着いてリオ」
今にも、掴みかからんとするフェリオを、フィリップが背後から襟首を掴み、引き止めていた。
「ショーン。この子供体型の時のリオへ、チビと言うのはタブーだからな」
「分かりました。心得ておきます」
レオノールとショーンは、小声で言葉を交わし合うのだった。
四人は今、このミント村で買い物をしていたが、ふとフェリオ・ジェラルディンが兄へと顔を上げた。
「そう言えば、フィルお兄ちゃん。失われていた記憶、戻ったんだよね? 召喚術の話が出たって事は」
妹の確認の言葉に、半ば浮かない表情を見せ、フィリップ・ジェラルディンは重い口を開く。
「まぁ、ね……裏人格が、失われていた僕の記憶だったから……表面化した
昨夜の、アレン・マク・ミーナから収獲した“不気味な竪琴”と、食人花から収獲した蔓、葉、花弁をまずアイテム屋で、売却していた。
これらを加工して、蔓は鞭へ、葉は薬品へ、花弁は肉厚なので防具へと、役立てるのだ。
それらで得たお金から、必要なアイテムを購入する。
「この店にも、レアアイテムは売ってねぇのか……」
レオノール・クインの言葉を聞き、店主が反応する。
「嬢ちゃん。レアアイテムが欲しいのかい!? いい情報があるぜ」
「お? マジか! そりゃあ是非、聞かせてくれ!!」
店主からの言葉を、目を輝かせながら飛びつくレオノールだったが、店主は人差し指と親指を擦って見せた。
「チッ……情報料取んのかよ。ガセじゃねぇだろうな!?」
「確かな情報だぜ。何たって、俺の友人で冒険者をやってる奴がいてな。入手しようとしたが、何せモンスターだらけで諦めたって、言ってたんだよ」
「うんうん! それで!?」
レオノールが、話の勢い任せから本題へ突入させようとしたが、効果はゼロだった。
店主は再度、同じ手つきをする。
レアアイテムがある場所は、モンスターの類が多いのが付き物だ。
レオノールが悩んでいると、ショーン・ギルフォードが横から口を出してきた。
「今のままの強さでは、
「ん……そっか。そうだよな。みんな、俺のハントに付き合ってくれるか?」
レオノールは、ジェラルディン兄妹へも確認してみる。
「ボクは、別に大丈夫だよ」
「僕も異議はないよ」
フェリオの返事を聞き、フィリップも決断する。
何せ彼は、妹を守る為に生きていると言っても、過言ではないのだ。
「では、決まりですね」
ショーンが笑顔を見せる。
「オーライ。サンクスみんな! じゃあオッサン、いくらだ?」
みんなへ礼を述べてから、改めてレオノールは店主へと振り返る。
「5000ラメーでどうだ」
「ごっ、5000ラメーだと!? ちょっと高くねぇかオッサン!!」
レオノールは驚きのあまり、声が裏返る。
こうして、店主とレオノールの値段交渉が始まった。
その間、フェリオとフィリップ兄妹は、旅の食料調達の為フード店へと向かった。
そこでお約束の、干し肉ブロック、魚の干物、フリーズドライされたスープ系、レトルト食品、パン、缶詰、チーズ、カップ麺やスパイス等々を購入した。
何せ大食らいのフェリオがいるので、食料は多めに持たねばならなかった。
それでも足りないぐらいなので、そこはモンスターとバトルし肉を確保する手段を組んでいた。
「これから、モンスターの多い場所へ行くのなら、武器や防具も新調しなきゃね」
フィリップは妹へ声をかけてから、再度みんなと合流する。
アイテム屋では、レオノールと店主との駆け引きは終わっていた。
改めて、それぞれが必要な武器防具を揃える。
「それで、行き先は決まったの?」
フィリップから問われ、レオノールは力強く首肯し、答えた。
「次の目的地は、南のオリーブ大陸にある、ハイビスカス塔だ!!」
「海を渡らなければなりませんね」
ショーンの言葉に、レオノールが付け加える。
「オリーブ大陸は、モンスターのせいで今は無人だと、アイテム屋のオッサンが言ってたぜ」
「え? それじゃあ、船は出ないってこと!?」
尋ねるフェリオへ、レオノールは答える。
「ブロッコリー密林を抜けると、海へ出るらしい。そこにミント村が管理している港があるから、頼めば船を出してくれるそうだぜ」
「よぅし! じゃあひとまず、港へ向けて出発だぁ!!」
フェリオは元気良く、拳を天へ突き上げた。
武器を新調したおかげか、はたまたミント村のモンスター襲撃で全て倒した経験からか、行きと違って、ブロッコリー密林は難なく通過する事が出来た。
よって、自然とこんな会話が飛び出す。
「行きと比べたら、ここのモンスター達、弱く感じるのはボクだけ?」
「それは、俺も思った」
フェリオとレオノールが、言葉を交わす。
すると、これにショーンが笑顔で言った。
「きっと、今までの蓄積で皆さんが、ここのモンスター以上に強くなられたからでしょう」
「つまり、気付かない内に、レベルが上がったって事だね」
フィリップの発言で、レオノールがサラリと述べる。
「まぁ確かに、フィルの場合はそれこそ“気付かぬ内に”だろうな。裏フィリップがあれだけ魔法を、使いまくってんだから」
「……それは、内なる心で僕も見ていたから、知ってるよ……」
フィリップは、口元を引き攣らせた。
「それじゃあ、オリーブ大陸まで渡らせてくれる、船を捜そう!」
そう掛け声をしたフェリオは、あくまでも前向きだった。
港は防波堤まで作られている、予想以上に立派な造りで、船も軽く十艘以上は停泊されていた。
その中の一艘と契約を成立させると、みんなは船へ乗り込んだ。
船種は、一般的な交通船だったので、甲板もそれなりに広い。
だが客は、彼ら四人だけだった。
こうして、みんなを乗せた船は静かに、オリーブ大陸へ向けて出航した。