「はぁ、やっと解放されたわ……」
小春さんのお説教からやっとの思いで解放された私は、ぐぅっと伸びをしながら解放感に酔いしれていた。
時刻はもうすっかり日も暮れた夜。
連れ立つように管理局から外に出た時、凛子は少し可笑しそうに笑みを浮かべる。
「ふふっ。なんだか、前にもこんなことがあった気がするね」
「……そういえば、そうだったかもしれないわね。だけどあの時は、どちらかというと私たちのほうが被害者だったけどね」
あれは確か、初めて黒影と邂逅した時だったか。
せっかく人助けをして疲れているのに、遠峰たちからの事情聴取という尋問を受けた日のことだろう。
「あの時は、本当にムカついたわ。どうして私たちが犯人扱いされないといけないのかって、あやうく遠峰の奴をぶん殴ってやるところだったわ」
というか、凛子が居なければ確実に手が出ていただろう。
「穂花ちゃんって、意外と喧嘩っ早いよね。あんまり、危ないことしちゃだめだよ」
「私に言わせれば、凛子のほうが危なっかしいけどね。こうと決めたら、まったく周りが見えなくなっちゃうみたいだし」
お互いを心配しあうような言葉を掛け合いながら、私たちは顔を見合わせてどちらからともなく笑う。
「さて、それじゃあ帰りましょうか。タクシーも呼べるけど、どうする?」
「うーん。今日はもうちょっと穂花ちゃんとお喋りしたい気分かな。駅まで一緒に帰ってくれると嬉しいんだけど」
「あら、そんなのお安い御用よ。では行きましょうか、お姫様」
「あははっ、なにそれ。……ならエスコートしてくださいね、王子様」
おどけるように差し出した手に、凛子は笑い声を上げながらその手を重ねる。
そのまままるで恋人のように手を繋ぐと、私たちは駅に向かって歩き始めた。
ダンジョンから駅までの道は、繁華街とはいえこの時間では人通りもまばらだ。
ほとんど誰も居ない夜の道をふたり寄り添って歩いていると、不意に隣の凛子が小さく口を開く。
「ねぇ、穂花ちゃん……。本当に、戦わないと駄目なのかな?」
「ん? どういうこと?」
「あの黒い影、穂香ちゃんでも勝てないくらい強いでしょ。そんな相手と戦って、穂花ちゃんにもしものことがあったらって考えると、私怖くなっちゃって……」
握った手から凛子の震えを感じて、私はそんな彼女を落ち着かせるようにその手を強く握る。
「大丈夫。どんなに相手が強くても、私は死なないから。死なないってことは、負けないってことよ。そして負けなければ、いつかは勝てるってこと」
我ながら、訳の分からないめちゃくちゃな理論だと思う。
だけど私にとって、それはまごうことなきこの世の真理でもある。
どんな攻撃を受けても死なず、ただひたすらに殴り続けていればいつか相手が死ぬ。
それこそが、探索者になってから数多の強敵と戦い続けてきた私のたどり着いた、私だけの必勝法だ。
「だから安心して。私の大事な凛子を傷つけたあのクソ影は、私が絶対に倒してみせるから」
「ふふっ、なにそれ……。だったら、私も一緒に戦う。ちょっとでも穂花ちゃんが傷つかなくて済むように。だから、置いてかないでね」
そう言ってふわりと微笑んだ凛子の笑顔に、私は思わず見惚れてしまう。
それでもすぐに彼女の言葉の意味を理解した私は、微笑みを返しながら力強く頷いた。
「ええ、もちろんよ。一緒にアイツをぶっ飛ばしましょう!」
それっきり、私たちの間に漂っていた僅かな暗い雰囲気は消し飛ぶ。
それからは他愛ない雑談を交わしながら、私たちは駅までの道をゆっくりと歩いていった。