烏斯蔵国の外れにある、鬱蒼とした森の奥にある一軒の廃屋を指して猪八戒が言った。
「ここがオレの棲家、雲桟堂だ」
「な、なんか不気味……」
正直すぎる玉龍の呟きに玄奘はぎょっとし、孫悟空は無言で玉龍の口を手で覆った。
これ以上余計なことを言わせないためだ。
「ははっ、お子様には怖いかもなあ。もう築年数は五百そこそこいってる建物だからなあ」
だが猪八戒は怒るわけでもなく、からからと笑ってそう言っただけだった。
「こういうところに留守の建物があると山賊が寝ぐらにしてしまうからな。どうみても住めない見た目にしないといけないんだよ」
そういって、廃屋を覆う枯れた蔦を暖簾のように上げて玄奘たちを招いた。
「うわぁ……!」
中に入った玉龍は驚いて声を上げた。
廃屋の外観からは想像もつかないくらい中はキレイで、壁も床も整えられていて、生活感が一気に感じられるほどだ。
暖かな色味で統一された室内には、おそらく薬草と見られる乾燥させた植物や鉢植えがあちこちに置いてある。
「すごい、中はまともだね……」
外観との差に驚きすぎて、玄奘も孫悟空も玉龍の言葉を嗜めるのを忘れたくらいだ。
「簡単な目眩しの結界さ。卯ニ姐から、住まいはキレイに保てと言われてたからな」
懐かしむような、寂しそうな表情をして猪八戒が言う。
「ハッカイさん、お帰りなさイ!」
その時、雲桟堂の奥から現れたのは、褐色の肌をした金髪の異国の青年だ。
歳の頃は二十半ばくらい。シャフリアルの着ていた服と同じようなものを着ている。
「オキャクサンですカ?」
青年の言葉に一瞬どこかへと意識を飛ばしていた猪八戒はハッとして頷いた。
「ああ、オレたちの協力者だ。ええと……」
「私は玄奘。こちらの二人は私の弟子で孫悟空と玉龍です」
そういえば名乗っていなかったと、玄奘は名乗り、孫悟空たちを紹介した。
名を呼ばれた孫悟空と玉龍も軽くお辞儀をする。
「そうか、よろしくな玄奘サンと孫悟空さんと玉龍ちゃん」
「悟空でいい」
「ちょっと、なんでボクはちゃん付けなの?!」
「ん?だって子どもだし、かわいいし?」
「かっ……?!」
さらりと言われ、玉龍は怒りの形相で赤面する。
「バカにするなよ!こう見えてもボクは龍の子で千歳を超えてるんだから!オジさんより年上なんだからな!」
唾を飛ばす勢いで
玄奘はあたふたして、孫悟空は今にも飛びかかりそうな玉龍を抑えた。
「悪かった悪かった。そんなに爺さんだとは思わなかったわ。じゃあ玉龍さん」
「まだ龍の中では若い方だよ!爺さん扱いもやめて!まあ……別に“ちゃん”でもいいけどさっ!」
猪八戒が改めた呼び名に自分でも違和感があったのか、ぷいと玉龍はそっぽを向いて言った。
「あー……オホン!」
猪八戒は仕切り直したとばかりに咳払いをを一つして、青年の紹介を始めた。
「えーっと、彼はルハード。西域の向こう、アルシャークという国の人だ」
「はジめまシて、ルハードです」
ルハードは人懐こい笑みを浮かべて頭を下げた。
「オジさんまさか……この人と暮らしてるからスイランさんとは……?」
「これ、玉龍!」
「だってこんなに綺麗な人だから──」
唇を尖らせて言う玉龍に、猪八戒も慌てて首を横に振る。
「は?ちがうちがう、この人は──」
「ワタシはバケモノ退治を仕事にしてイマス。ワタシ、国から逃げたバケモノ追ってきたデス。バケモノ退治をハッカイさんに手伝いお願いしてるデス」
苦笑しながら、ルハードが猪八戒に代わり説明をした。
「バケモノ?」
怪訝そうに玄奘が尋ねると、ルハードはこくりと頷いた。
「まあ、こんな入口ではなんだから、奥へ行こうな。奥」
話が長くなりそうだ、と猪八戒に促され、玄奘たちは奥にある部屋に通された。